腰痛は、運動器の訴えの中でもっとも多いものです。国民の身体の訴えを調査している国民生活基礎調査(2019)の結果では、腰痛、手足の関節痛、肩こりの順に多く、腰痛は飛び抜けて多い悩みであることが分かります。しかも、この腰痛に悩む人の数は、調査の始まった1992年から減少するどころか、増加しているのです(図)。ここ十数年は国民の10人に1人の割合で、腰痛を抱えておられることになります。

 

図:運動器の有訴者数割合(人口千対) 推移 (厚労省 国民生活基礎調査より)

 

 腰痛に関する問題意識は、ことに労働者に多く見られたこともあり、労働災害の観点から、その予防対策が始まっています。1990(平成2)年に中央労働災害防止協会内に腰痛の予防対策に関する調査研究委員会が設置されました。専門家が集い、腰痛の予防対策指針作成のための活動が行われたのです。その成果として、厚生労働省労働基準局は、1994(平成6)年9月に、「職場における腰痛予防対策指針」を示し、事業場に対する行政指導を行っています。

 

 災害性の腰痛は、全体としての発生件数は減少してきたのですが、社会福祉施設をはじめとする保健衛生業(つまり私たちの業界です)では、2003(平成15)年からの10年間で発生件数が 2.7倍に増加しました。また、腰痛が休業4日以上の職業性疾病の6割を占める労働災害となってきたこともあり、2013(平成25)年に福祉・医療分野における介護・看護作業、長時間の車両運転や建設機械の運転等の作業等を対象に、職場における腰痛の予防を一層推進するために、先の指針の改訂が行われました。

 

 しかし、先ほどの国民全体の腰痛を訴える人の割合の推移を見る限り、労働者だけではなく、腰痛自体の発生が抑えられているとは言えない状況だと思われます。

 

 こうした事態の中、厚労省の委員会において、診療を担当する整形外科領域から、自分たちの社会的な活動を積極的に行う必要があるという意見が出され、1993(平成5)年4月に「日本腰痛研究会」が発足しています。その後、2000(平成12)年には「日本腰痛学会」となり、さらに2016(平成28)年に一般社団法人となって、現在に至っています。

 

 この学会の目的は、「腰痛に関する学際的研究の進歩発展、知識の普及を図ることにより国民の健康の増進に寄与すること」とされています。今年の第30回の日本腰痛学会は岩手医科大学整形外科の土井田稔教授を会長として、10月21日(金)と22日(土)の2日間、岩手県盛岡で開催されましたので出席してきました。開催形式は現地開催が原則とされながら、後日オンデマンド配信形式も組み合わされています。

 

 会長は、30年という節目の年を迎えたこともあり、「温故創新 −次世代に向けて腰痛診療を考える−」というテーマとしたと語っておられます。「創新」とは “イノベーション”のことで「古きをたずねて新しきパラダイムを創成せよ」という教えということです。

 

 一般演題よりも、特別講演や教育研修講演を中心に聴講しました。私自身は、師匠の市川宣恭先生から腰痛に対する「ダイナミック運動療法」という動かして治す方針をたたき込まれたこともあり、現在もグループの病院において、セラピストによる運動療法を中心に対処するようにしています。そして、大きな成果を上げていると思うのですが、なかなかこれが現実の腰痛診療の主体というか中心になっていない現実も感じています。

 

 つまり、画像の検査で大きな異常のない腰痛は、大したことがないという扱いで、痛み止めや湿布を漫然と続けて経過を見るといった対処を受けていることが多いと思うのです。運動は、実際にやらなければ効果は出ません。いくらそれが理屈の上で良いことだと分かっていても、パンフレットを手渡され、やるようにとアドバイスされても、実際にそれを実行することは難しいのが現実です。そして、それを継続することも、決して簡単なことではありません。しかし、費用をかけ、しかもマンツーマンで指導を受けるとなると、事情は変わってきます。通院の手間も含め、それは楽なことではないのでしょうが、それを実施したときの効果は、期待を上回るものであると私は思っています。

 

 学会では、腰痛の診療ガイドラインの解説もありました。やはり、運動療法は、ことに慢性の痛みに対して明らかな効果があると科学的に実証されています。問題はそれをどのように行うかということです。私たちの取り組みについて、その方法や結果をとりまとめて、報告し、この方式が普及することに寄与しなければならないという気持ちを持って、帰りの飛行機に乗っています。

 

 会長の企画された文化講演会では、米国大リーグで投手と打者の二刀流で大活躍している大谷翔平選手を育成した花巻東高校野球部の佐々木洋監督のお話を伺うことができました。タイトルは「夢を実現する」でした。岩手県の高校の野球部員たちがプロ野球を目指すようになるというのは、佐々木監督自身の時代はあり得ないことだったと言います。今の高校生は、プロどころか、アメリカで活躍することを目標として口にするそうです。身近にいる先輩の活躍が、後輩たちを引っ張っていることがよく分かります。そして、指導者として、彼らのその芽を伸ばしていこうとする情熱に大いに刺激を受けました。その熱い語りがきっと選手たちにも大きな影響を与えているのでしょう。有意義な学会参加であったと思います。

 

 私自身が信念に沿った診療を続けるというだけではなく、その真価を科学的に証明し、社会に広く適用され、多くの人が悩みから解放される日が来るように、これからさらに活動の幅を拡げなければならないと考えています。