外来診療というのは、医師としての仕事の原点のようなところがあります。ことに初めての方を診るときというのは、色んな意味で能力を試されている気がするのです。もちろん、究極の目的は治すことであることは間違いないのですが、そこで最先端の技術的な力を発揮することは重要な診療の柱です。しかしヘルスケアは、それだけでは成り立っていません。

 

私は診療というものをこんな風に考えています。

 

1)最初に、その人の抱えている悩みを聞き取り、何が今一番の問題で、どのような姿に戻ることを希望しておられるのかを総括することから始まります。相手が話しにくい話題でもあるので、うまく引き出す能力が問われます。

2)次いで、そのために必要な検査などを説明し実施することになります。検査の必要性とリスクについてはことに慎重に理解していただくことが求められます。

3)その結果に基づき、希望のゴールへ到達する可能性はあるのか、それにはどのような方法があるのか、医師としてどの方法を推奨するのかなどの医学的な情報を提供します。この内容は専門的な要素が多いので、患者さんの理解を確認する作業は不可欠です。質問を受け、理解された上での決断されるよう側面からサポートします。

4)そしていよいよ、その選択に関して、両者が合意に至れば、正確に実践するだけです。

 

こんな風にまとめると、この診療過程において最も肝要な部分、それは患者・医師間の信頼関係ではないかと気づくことになります。患者と医師のお互いが、それぞれ相手のことを信じ、敬意を持って受け入れることがないと、すべてのステップが前に進みません。患者が医師を信じると同時に、医師が患者を信じるという基本的な関係性が保障されなければならないのです。信頼関係なしに診療は成立しないと言っても良いと思います。

 

ということは、医療(ヘルスケア)の基本は「信じること」と断言できますね。でも、実際の診療現場では、常にその関係性があるかと言えば、それはなかなか難しいことです。

 

相手のことをそのまま、まるごと受け入れるというのは、むしろ現代社会ではリスクを伴う行為になっています。子供たちは、知らない大人に声をかけられても返事をしてはならないし、ましてものをもらったり、付いていったりすることは厳禁と教えられています。社会では、怪しげなメールがいくつも送られてきて、つい承諾したり、申し込むと、大きな金額を請求されて驚くことになったりします。オレオレ詐欺は、高齢者に、しばらくあっていない孫を偽った人からのお金の無心だったりしますから、電話にも警戒するよう、安易に信用しないよう警告が出ています。

 

つまり、世の中は、簡単に人を信じてはいけないことを教える時代です。そんな中、飼い犬は、いつでも飼い主が近づけば尻尾を振ります。その姿勢には、疑いがはいりこむ余地などこれっぽっちもありません。この安定した心持ちには、飼い主である私の方が、時にプレッシャーを感じるほどです。この子が悲しむことなど、できないなぁと思うのです。

 

甘いなぁとお叱りを受けるかもしれませんが、私は、ヘルスケアの世界は、この犬の無垢の気持ちに学ぶところが多いと思うのです。お金儲けをたくさんした方が優秀で、評価をされるというビジネスの世界では、まったく勝負にもならないと思います。しかし、信じることからはじめるケアを、まっすぐ追い求めていくことで存続が脅かされるとすれば、私はその制度の下で、その仕事を継続する意欲を保つことはできないと決めています。

 

お座りをする飼い犬に、好きなおやつを持って近づきます。口の端からよだれを垂らしています。本当に信じてくれているのですよね。