ヒヤシンスの水栽培容器の開発者物語

ヒヤシンスの水栽培容器の開発者物語

なんでヒヤシンスの水栽培容器なのか?
そこから産まれる心の成長を伝えます。

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本当にあるのかな

その壁、自分かもしれない


トーマス


足下に小さい小石を置いたら動けるか?

トーマスも時速100kmぐらいで走っていればきっと小さい石は一瞬で
粉々になってトーマスは何事もなかったように通ることができるでしょう。

ならば

トーマスが動いていなかったとき小石を置いたらどうでしょう?

動けないと思うんです。


小石ですよ!

走っているときは気にも止めずにしていた小石

これが動いていないときに置かれると身動きができない



もうお分かりと思いますが


その(小石)が私もあなたにもある心のわだかまりです。

何かをしようと思っても思うようにいかず

あきらめ、うなだれ、やる気をなくし


あげくの果てには自分を責める



この流れの中に他人は存在しましたか?


小石  それはあなたの心あり、あなた自身なんです


人生の壁


あなたの行く手を塞ぐ壁を恐れ動きが取れなくなり
右も左も解らず


あぁ=  人生八方ふさがりだめだこりゃ!


私だってこんなことしょっちゅうです  いや!毎日かな


それだけ生きようとしているのかとも思うときがあります。


本当に壁なんてあるんでしょうか?


人間生きていて手で押せない壁は一杯ありますけど
心で押せない壁は誰が作った物ではなくあなた自身が
作り上げた大きな壁だったりしませんか。



もっと解りやすく言えば




皆さんご存知の「はな子」

66歳でこの前死んじゃいました。

はな子は像です。


像は小さい頃鎖につながれて育つと、大きくなってロープを木の杭で縛っても
つながれています。大きくなったあの巨体で杭につながれたロープなんか一瞬で切れるはずです


では、なぜ杭につながれたままなんでしょうか?

それは、小さい頃もがき苦しみ幾度となく切ろうと努力しても切れなかった鎖が
脳裏に焼き付き、大きくなってもその記憶が自分を支配し切れるロープでさえ切れないのです。


これってさっきの壁ににていませんか

鎖=壁


つまりその壁は自分がもがき苦しんだ末に導き出した自分の答えであり
作り出した壁はあなた自身なんです。

作り出した壁が大きければ遠くに下がったり壊したりできるのも
あなた次第、自由にできると思いませんか。


逃げたって構わないかもしれません。
自分で作ったんですから。


急がなくてもいいと思うんです


あなたの心の壁少しずつ壊していきましょう
あなた自身で造った物ですから


壊せるはずです


何かがまた動き始めた

いままで毎日が解らず途方にくれ、迷子になり

どこを歩いているのかも解らず日々時の流れにまかせ

時間という大海原で漂流者となりただ流れに身を任せていた


そこに予期せぬ一通の便り

「あなたの思いが伝わってきます」



なにをいったい

今まで多くの時間を費やし前に進もうとしても進めず
すべてにこばまれ

生きることを忘れ 

風に吹かれ、風の臭いを感じ太陽を見つめ


一体何をしたいんだ、どこへ行きたいんだ、自問自答


決して社会を逃避している訳でもなくむしろ人のために働いていると思う

社会貢献医療という世界で生きていると息の詰まることもある

忙しいのは急がしいい

出勤、昼、帰宅

何気なく一日が過ぎていく、今までは自分で時を動かそうと一生懸命だった


なにも変わらない、変えようとしていなかったのか
進歩をあきらめたのか?それとも進歩しているのか

怒りを日々感じもどかしさも感じ一日を過ごしていると何をしているのかも
解らず時の流れに身を任せていた。


一通の便りが来るまでは


仕事では遠からず人の命と向かい合わせ

怒られることもあり、嫌みを言われることもあり

仕事と割り切り過ごしていた


しかし、その一通は本来私が求めていたものであり
探していたもかもしれない。


自分で思いを詰め込んだ物に感動し共感してくれた


今までもそういったことは当たり前のようにあり、日常であった

いつの間にか鈍感になり感情までが鈍感に


確かに鈍感力はすばらしい

いつも何かを生み出せば誰かにさらわれていく
そこに感情を入れれば必ず自分を痛めつけることになり
体にもよくない。


感情を捨てるといいこともあれば悪いこともある

歩き出すこと拒み始めるのだ

それを受けいるのも自分、拒絶するのも自分

何もしなければ何も変わらない


また新たな歩みを始めようと思う、これでいいかもわからず。
もしもあなたに、何か突然のことが起きた時

あなたならどうしますか?


一瞬でも、自分に対して「かわいそう」と思ったら、
それは不幸の始まりですよ!


最近?もしかしたらズーッとまえからかもしれませんが
気づいた事があります


雨が降って喜ぶ人と、顔をしかめる人がいるように、
幸せというものは形があるものではなく、
その人の感覚次第だったりする。



できないことや難しいことが増えたとしても、
それは「不便」や「不都合」が生まれただけの話で、
決して「=不幸」ではない。



人生の荒波に溺れることばかり気にするか、
波乗りする気持ちで生きるか、ただそれだけの違いだろう。

でも考える。

あたり前です

人であり、少なからず賢すぎるのです。


だからこそ、本当に楽しく生きたかったら、
他人にはともかく、自分に対して同情してはいけない。



たとえ、人より道が荒れていようとも、
オフロードを走る4WDには、
アスファルトを走るフェラーリにはない楽しさがあるじゃないか。


ゴルフならフェアーウェイよりラフ

確かにスコアーは気になるが

あなたの人生でスコアーが必要ですかってこと!


評価、評価!

いったい誰から評価されたいんですか。

一回だけの人生しかなく、時間は刻一刻と減っています。



エベレストに登る登山家や、ジャングルに潜入する探検家は、
出発前、ある共通のことを徹底するという。

なんだと思います?



それは、近しい人や支援者と連絡をとること。

荒れ地に向かうには、平地で生きるよりも、
手助けが必要になる可能性が高くなる。


だからこそ、彼らは人を大切にする。
いたって当り前のことなのかもしれない。



不幸を感じて自分一人でふさぎ込むなんて、
本末転倒っぽくてナンセンス。



「何かに挑むなら、大切な人をもっと大切にしよう」。



あなたの未来にはチャンスが一杯。


今日もありがとうございます。



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