こんにちは
ハートコーディネーター 松山カイトです
あれから6年経ちました
東日本大震災にてお亡くなりになった方へのご冥福お祈り致します
並びに被害に遭われた方へのお見舞い申し上げます
日が経つにつれ、記憶と共に薄れていく感情や想いというのはあってはならないと
感じながらも、全てが残っているかというと、そうとも限りません
残念ながら人は忘れるように出来ているとも言います
そんな今日、ある方との会話で記憶の話になりました
その中で、私が普段から記憶を飛び飛びにしか覚えていないということ
学生時代に指摘され意識し出したもので
実は私は他の人に比べてかなり多くの記憶が欠如していることが判明したのです
同窓会があれば楽しく話するのですが
相手には多くの記憶が残っているにも関わらず
自身には残っていない記憶も多い
それは嫌いな物と好きな物で左右されるのでなく
新しいものと古い物とでの左右されるものでもない
また、それは興味がある物とそうではない物との差でもありませんでした
当時は病気かとも疑い、病院にて検査したこともあります
しかし、何も見当たらず・・・
結局、それから今まで曖昧な記憶と仲良く付き合っていくしかありませんでした
そんな自分は、その記憶に関して恐いとか不安とかという感情はなく
病気でないのであれば上手く付き合うしかないと思えたのでした
それからというもの、人より多くメモを取り
一般社会で問題無く生きていけるという術を身につけ
生きて来れたという実績を持ってます
だからこそ、今では記憶残ってないけどしょうがない
他の人より懐かしい気持ちを味わえるのは少ないかも知れないけれど
脳にできた余分な隙間にはより多くの処理をするスペースが与えられたと
チャンスとすら受け止めるようになりました
では人は何故忘れるのか?
それは、全て覚えていると嫌なことも良いことも覚えていると
ストレスだらけで崩壊するから
などと言われてます
良く出来てますよね?
そんな他の方と違う脳を持っているのであれば
それなりの付き合い方をしていくしかないじゃないですか!
これから先に唯一不安があるとしたら
若年性アルツハイマーなどの罹患率が高いのでは?
というような脳の中でも記憶の病気の不安です
今は良くても、そのうち・・・
なんてことのないように、そうした想定もしながら
自分と家族と全てが驚きのないような生き方をするのも手ではないかと考えます
ともあれ、冒頭のような忘れてはいけない記憶
後世に残したい記憶に関してはいろんな形で残すという形を取る必要性を感じます
何年経っても色あせず、後世に残す歴史、それが教訓や防災に役立ち
後世の方達の命・財産を守る一手となばと節に願います
