こんにちは
ハートコーディネーター 松山カイトです
時々、「私、失敗しないので」ならぬ
「私、プロなので」という人を見かけます
プロという言葉の先にあるのは
自信なのでしょうか?
実績なのでしょうか?
それとも揺るぎない想いなのでしょうか?
かく言う私も、過去にこんなことがありました
ハートコーディネーターの神髄である1つとして
過去に2,000例以上の心臓手術に立ち会い、業界でも少ない経験値
地域では断トツの経験者として生きてきました
県内初症例は勿論、日本で過去に2例しか実施したことのない難手術にも
国内3例目の症例がいるとして、病院内20名以上のチームに加わり
カンファから、過去の経験者の助言なども貰いながら無事終了といった経験まで
そんな時に、ある新人さんと立ち会いしていて
少々席を離れる事になりました
当初、新人さんとしては「1人になってしまう、何かあったらどうしよう!」と
かなりの不安で押しつぶされそうな5分ほどだったと思います
私も新人の時に経験していたので、少しでも速く持ち場に戻ろうとして
戻ってきた際に放った一言
「一人にしてごめんね、不安だったでしょ?」
新人さん「はい、安心しました」
「大丈夫、プロとして何があっても対応するから!」と
自分ではそんなキザな言葉を言った記憶すらありませんでしたが
当時の新人さんの胸には今でも残っているそうです
それはさておき、「プロ」ってなんでしょう?
上記、私が本当に発言したとするならば、私はこう思います
それは、「生業としていていること」
しかし、仕事という意味では、そこに揺るぎない想いがあり
誰よりも経験を持ち合わせたが故の想定と
対応出来るだけの自信も持ち合わせています
何故、そのような強気の発言が出来たのか?また出来るのか?
それはやはり、それで生計を立てている事の裏にある想い
ではないだろうかと私は思います
冒頭に出てくる「私、プロなので」・・・
そこには、それを言えるだけの自信、想い、経験があるのは間違いない
かくいう私も、今でさえ「自信持ちなさい!」などと、違った点で言われる事も多々
でもね、そこには「プロ」と言えるだけの要素はあるのです
あとは何が足りないのか?
そう、それは想いであるということを今日気付きました
これからは、「人の役に立ちたい」から「人の役に立とう!」というマインドで望み
救える命ではなく救える人生にもフォーカスして
取り組んでいきたいと気持ち新たにした一日でした
