「交代人格は、統合したのか?」 

 まだ私が駆け出しの頃、私のオフィスに一人の女性クライアントSさんが、彼氏の付き添いでやってきました。Sさんは、私のホームページを見て興味をもったとのことでした。彼女は解離性同一性障害(DID)でした。DIDは、かつては多重人格と言われた病理で、一人の中にいくつもの交代人格が存在し、交代人格同士の記憶の共有がないという病気です。私は、アメリカ時代DIDのクライアントを担当して統合までサポートしたことがあるが、その時の交代人格は三人でした。オフィスに訪ねてきた女性の交代人格は三十人近くいたのです。

 

 これは、とても私が担当できる事例ではないと思いました。そのため、何人かのベテランセラピストにお願いできないかと相談したのですが、全て断られました。仕方がない、誰か見つかるまで私が担当するしかないと腹を括りました。

 

 それでも、精神科医による投薬治療は必要です。ところが、精神科医もなかなか引き受けてくれなかったのです。クライアントは、これまでもたくさんの精神科医の診察を受けていたが、どの精神科医も匙を投げてしまったということでした。やっと見つかったのが、若手の精神科医Kさんでした。彼は、セラピーについても勉強しており、誠実な印象の医師でした。

 

 私は、K医師とタッグを組んでSさんに対するケアを始めました。Sさんは、彼女の中の交代人格が様々な事件を起こしたのですが、私は、K医師と連絡を取り合いながら、Sさんをサポートしていきました。

 

 このペースで、なんとかやっていけるだろうと思っていた時、とんでもない事件が起きてしまったのです。K医師が、急死してしまったのです。すぐにSさんのセラピーの日時を設定し、セラピーセッションを行ったのですが、意外にもSさんは、落ち着いていました。

 

 後に経験積んで、自分なりに立てた仮説ではありますが、DIDの人は、状況に応じて、適切な交代人格を登場させる能力があるようなのです。暴力を受けそうな場面では、開き直り逆に恫喝する交代人格や、一目散に逃げる交代人格や、大声で叫ぶ交代人格などが表面化するのです。Sさんの場合も、K医師が亡くなったと知ったとき、現実感のない、どんなときにもニコニコしている交代人格が出てきたのでしょう。

 

 Sさんは、なんとか落ち着くことができたのですが、次の精神科医はなかなか見つからず、最終的には、「私は、薬を処方するだけですよ。それでよろしければやりましょう」という老精神科医が担当してくれました。

 

 アメリカでは、こういうことはありえませんでした。Sさんのようなケースでは、コミュニティーメンタルヘルスの枠組みで、直ちに医師・セラピスト・ソーシャルワーカーによるチームが作られ、医療・心理・ソーシャルサポートの三位一体のケアが行われるのが普通です。DIDのケアを拒否する専門家はいるかもしれませんが、引き受けてくれる専門家を見つけるのには苦労しないでしょう。

 

 今では、日本でもすぐに専門家が見つかるのかもしれませんが、当時は、そんな状態だったのです。当時最も頼りになったのは、ソーシャルワーカーと自治体のスタッフたちでした。彼らとは何度かミーティングを行い、Sさんの子供を含めたケアプランを作っていきました。あの時協力してくれた自治体関係の皆さんには、とても感謝しています。

 

 幸い、Sさんは、四年をかけて一人の人格に統合してセラピーは終結しました。ただし、その数年後に再びセラピールームにやってきたSさんによれば、「あの時は、統合したふりをしていただけですよ」とのことでしたが。

 

 Sさんのケースを経験して、日本では、私がサンフランシスコで経験したような、医師・セラピスト・ソーシャルワーカーによる、バイオ・サイコ・ソーシャルアプローチと呼ばれる、チームアプローチは定着していないということを知りました。バイオ・サイコ・ソーシャルアプローチの、バイオは生物・医学的、サイコは心理的、ソーシャルは社会的サポートを意味し、それぞれが対等の立場で意見を出し合いケアしていくシステムです。こうしたシステムは、アメリカでは、一九七〇年代から始まり、私が留学していた一九九〇年代には、社会の中にしっかり定着していました。日本では、アメリカと違い、医師主導の形ではありますし、さまざまな点で改善の余地がありますが、バイオ・サイコ・ソーシャルの協力体制は出来つつあると思います。

 

 

 

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