「大本営発表を作ったのは・・・」

大本営発表は、大衆が作ったのかもしれない。大衆の確証バイアスが暴走し、そのエネルギーが軍部を動かしたという要素も大きいのだはないかと思います。

大本営にいた人たちは、上層部に忖度しただけではなく、大衆からのプレッシャーも恐ろしかったのではないか・・・って思うんです。

https://mainichi.jp/articles/20260927/k00/00m/010/133000c?fbclid=IwY2xjawUnYFVleHRuA2FlbQIxMQBwZG9mBXNydGMGYXBwX2lkEDIyMjAzOTE3ODgyMDA4OTIAAR6J0A9kIKDSIv-KAyyeLdqVaGYMg2x8oa69HGcRUZcwN278n-VlJjddLR_kUw_aem_I0-QZKv0u1mLQHD6MmR72Q

 

 

 

 

 

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「勝海舟と大都会」

倉本聰さんは、1974年に大河ドラマ「勝海舟」の脚本を降板、1976年に日本テレビ「大都会」の脚本をパート1で降板。大都会は毎週見ていましたけれど、普通の刑事物と違って、切なさや哀しみを感じさせるドラマだったと思います。しかし、多分制作側からだと思いますが、「もっとアクションシーンを」という声があったらしいです。父は「今のままがいいんだよ」とも言っていたのですが、倉本さんは去り、その後番組の雰囲気がすっかり変わってしまいました。

いい番組を作っているのに、うまくいかない。あの頃、苦しかったのかもしれませんね。

そして、1977年に富良野に移住。1981年から「北の国から」が始まるわけです。

 

 

 

https://newsdig.tbs.co.jp/articles/rsk/2973658?display=1&fbclid=IwY2xjawUrz8NleHRuA2FlbQIxMQBwZG9mBXNydGMGYXBwX2lkEDIyMjAzOTE3ODgyMDA4OTIAAR56hXAnN_Eov7TH6r5yZUT8soFSVX5jB_1bBS1uahNNDB8cOzYL5-gHagE7Ug_aem__s_8TtxJCt-kb4DwjeHZkA

 

 

 

 

 

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「夜郎自大と排外主義」

明治維新から日本は頑張って、世界の一流国の仲間入りと言われたとたん夜郎自大になり、その後40年して敗戦国になりました。そのあとエコノミックアニマルと言われながらも頑張って、ついにジャパン as No.1と言われるようになったのですが、その気になって浮かれていたら、やがてバブルが弾け、そのあと立ち直れていない。

 

それでも日本にはおもてなしの精神がある。それに海外が気付き、日本はサービスが素晴らしいと言われたのはいいが、自ら「お・も・て・な・し」なんて言っちゃってアピールしだしたら、だんだんずっこけるようになった。それだけではなく、排外主義が横行するようになった。排外主義は、おもてなしの逆の行為。たとえ外国人が非常識なことをしても、おもてなしが上手いのなら「外国人は帰れ」なんて言わない。排外主義が強くなったら、誰も日本を「おもてなしの国」とは見なくなるでしょう。

 

傲慢になると失敗する。謙虚で勤勉だったら成果がついてくる。・・・ってことかなと思います。

 

 

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