「磔」 吉村昭 著 文春文庫
吉村昭さんには珍しい短編集です。
集団は残酷です。
1596年、豊臣秀吉のキリシタン禁止令を受け石田三成が京都と大阪で行ったキリシタンの大量捕縛により26名のキリシタンが長崎で磔になり、処刑されます。
最年少は、十二歳のルトビコ茨木でした。
彼らは、長崎まで護送される間、群衆から石を投げられたりします。・・・「磔」より
詳しくは↓
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「磔」 吉村昭 著 文春文庫
吉村昭さんには珍しい短編集です。
集団は残酷です。
1596年、豊臣秀吉のキリシタン禁止令を受け石田三成が京都と大阪で行ったキリシタンの大量捕縛により26名のキリシタンが長崎で磔になり、処刑されます。
最年少は、十二歳のルトビコ茨木でした。
彼らは、長崎まで護送される間、群衆から石を投げられたりします。・・・「磔」より
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「多様な視点は必要」
サッカーとか野球とか、そのほかのスポーツを見ていても海外経験のある選手がたくさんいて、そういう人たちが活躍しています。
これは海外がすごいからというわけではないと思うんですね。元々日本で力を蓄えてはっきした人が海外からも認められて、海外での経験をしたら別の視点を持つことができ、その結果スキルアップしたということなんじゃないかな?と思います。
色々な視点、考え方、やり方を見て体験してくると、能力を発揮する幅が広がるのだと思います。そして、それが日本にいる人たちに伝わるから、日本全体のスキルが上がるという好循環が生まれていると思います。
さて、そこで、我が業界(カウンセラー業界)を見てみると、海外で勉強した人たちが日本で臨床心理士や公認心理師を取るのには、取れないことはないのですが、かなりの時間がかかってしまうということがあり、どうもその流れがうまく回っていない感じがします。
公認心理師の場合、基本的に学部も心理学じゃないとダメなのですが、臨床心理学という学問の性質上、色々な経験が役に立つので、社会人を経験するのはメリットだと思うのですが、一旦社会人になってから公認心理師を目指すのは、学部からの勉強が必要となると、かなりハードルが高いです。これだと、海外どころか、心理学社会以外の経験が反映されないことになってしまうかもしれません。
もちろん心理一本で公認心理師になるというのもありだと思うのですが、臨床心理という分野には、異文化交流は必要だと思うので、違うルートから来た人たちの視点も取り入れるシステムにした方がいいと思うんですけどね。
臨床心理学という分野をどういうふうに発展させていったらいいかは、発達心理学的な視点で考えたらいいんじゃないかな?多様な視点が、人の心を成長させるんだと思うんですがね。
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「Waking Up without Growing Up」
ウィルバーの"Waking Up without Growing Up"という言葉は、ニヤリとしてしまいます。
政治家、大企業のトップ、卓越した研究者、成功した芸術家など、どこかで"Waking Up(覚醒)"しているのかもしれないけど、"Growing Up"は、どうなのかねぇ?って人多いじゃないですか?
まあ、それはそれでいいのかもしれない。人に万能を求めるのは酷ってもんです。ダメなところがあってもいいじゃないですか?でも、まあ、「そういえば、自分にはダメなところがある」くらいの内省はあって欲しいですけどね。
しかし、それがダメな分野もあるわけですよ。
例えば、宗教家やカウンセラーや精神科医など人の心に深く関わる人たちですね。実は、彼らには"Waking Up(覚醒)"は必須ではないと僕は思っています。むしろ、自分の"Waking Up(覚醒)"に疑問を持つぐらいがいい。「自分は"Waking Up(覚醒)"している高度に成長した人間だ」なんて思いあがってしまうのは、御法度です。"Growing Up"すべきとは言わないけど、自分が"Growing Up"できていない"Shadow"を見つめ、"Cleaning Up"に真摯に取り組む人であるべきでしょうね。
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