「「旅のつばくろ」 沢木耕太郎 著 新潮文庫」 

多くの国を旅してきた著者が、これからはもう少し、日本国内を旅してみようか……と始めた国内旅行で思ったことが書かれたエッセイ集。

 

著者が最初に一人旅をしたのが16歳の時の東北一周旅行です。12日間の貧乏旅行で、時には駅のホームで寝て始発でつぎの目的地に行くといったこともあった旅行だったようです。

 

このエッセイを連載していたのは60代後半から70代だと思われます。旅の先々で、現在の自分と過去の自分が交錯します。一人旅をした16歳の著者、会社を1日でやめフリーのライターとしての活動をし始めた23歳の自分など、著者の過去の自分が蘇ってきています。

 

登場してくる人物も、僕にとっては昭和を感じさせてくれて懐かしい。

 

黒田征太郎に連れられて行った新宿ゴールデン街でのデビュー前の三上寛との出会いの場面なんかは、しびれます。黒田さんは、名刺もない著者に「ルポライター」という肩書きをつけた美しい名刺を無償で作ってくれたのだそうです。どんな者にもなれるけど、「難しいのは、なり続けることだよ」と黒田さんは新人のルポライターの著者に言ったのだそうです。その後、沢木さんは書き続けライターになり、当時まだアルバイトだった三上寛も歌い続け歌手としてデビューして、今も歌い続けているそうです。

 

ボクシングのトレーナーのように著者を鍛えてくれた編集者も味があります。その編集者は晩年俳句を書くのですが、病気になっても病気のことや死については一切書かなかったのですが、「ただ一句だけ、「辞世の句」と読めないこともないものが残されていた(p.89)」のだそうです。

 

その句が、

 

花吹雪ごめんなすって急ぎ旅

 

編集者の奥様によれば、まだ歩ける体力が残っているときにホスピスの見学に行く途中で見た桜を詠んだものではないかとのことです。粋ですねぇ。

 

あとがきに書かれているのですが、

著者は、「私は、あの十六歳のときの東北一周旅行で人からさまざまな親切を受け、それによって、旅における「性善説」の信奉者になった(p.204)」とのことです。

 

旅では、幾つもの「想定外」が起きます。その度に、ちょっとした危機も起こるかもしれませんし、失敗をするかもしれません。でも、そうした経験は尊いものだと思います。

 

沢木さんは言います。「私がもったいないと思うのは、失敗が許される機会に、失敗をする経験を逃してしまうことなのだ(p.210)」と。

 

今は、ネットでなんでも調べられる社会、コンプライアンスを大事にしてみんなが傷つかないように注意を払い合う社会になっています。・・・しかし、それは、失敗する権利を奪われている社会とも言えるかもしれません。表面上は便利で安全でも、例えばSNSというアンダーグラウンドでは、誹謗中傷という暴力が猛威を振るっていますから、「失敗が許される機会に、失敗をする経験をしてこなかった」人たちには耐え難く途方にくれる世界なのかもしれません。

 

 

 

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