第4721回「「 劉邦（一）」 宮城谷昌光 著 文春文庫」
劉邦は、泗水亭の長でした。亭長とは、地方の行政官であり、警察署長であり、駅長でもありました。その亭長を勤めて14年、47歳の時に、劉邦に大きな転機が起こります。始皇帝の死です。本来であれば、地方の名も無い役人で終わるはずだった劉邦が、歴史の表舞台に登場し始めるのです。47歳、ずいぶんおそいデビューです。
劉邦は、始皇帝の墓の建設のための100人の人夫の引率を命じられます。その人夫のうち30人が途中脱走します。このままでは、劉邦も人夫たちも罰せられることになってしまいます。劉邦は、人夫たちを返し、自らは罪を被って何人かの側近とともに放浪するという決意をします。
その放浪中に、陳勝・呉広の乱が起こります。陳勝は劉邦と同様人夫を引率していたのですが、大雨で期日に間に合わない。間に合わなければ、当時の法では、全員死刑になります。陳勝は仲間の呉広とともに反乱を決意します。陳勝・呉広軍は急拡大し、瞬く間に６・７万の反乱軍に膨れ上がります。
劉邦は、この陳勝・呉広の乱に参加しませんでした。理由はいくつか考えられますが、最終的には劉邦のカンだったのではないかと思います。急拡大し、いまいち統制の取れていない陳勝・呉広軍が秦に勝ち、楚を再興することなどできないと読んだのでしょう。また、陳勝・呉広軍以降に起こった各地での反乱の状況をみると、二世皇帝胡亥の政権は長くは続かないだろうと読んだのでしょう。劉邦にはそうした冷静な戦略眼があったのではないかと思います。
また、下っ端の役人だった劉邦ですが、この時期に、ごろつきだった時代からの仲間、樊噲（はんかい）、盧綰（ろわん）、夏侯嬰（かこうえい）らが、周りにいました。
県令の属吏で有能な役人であった蕭何（しょうか）も劉邦を尊重し、やがて従うことになります。また沛県の有力者の娘呂雉（りょち）を妻としています。なんの実績も無かった劉邦に、なぜこれだけの人たちが親しみを感じ、ついていくことを決意したのでしょうか？謎です。
その謎は、司馬遼太郎さんの「項羽と劉邦」でも、最後まで分かりませんでした。宮城谷さんの小説で、その謎が解けるのかどうか・・・楽しみです。
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