第3137回「日本におけるナルシズムについて その6」

高度成長期とナルシズム

 この影響は、次に登場してくる全共闘世代にも大きく影響しました。彼らはかつての軍国主義、大日本帝国主義への嫌悪や反発を叩き込まれて育ち、日米安保条約に反対し、六十年安保闘争、七十年安保闘争の中心的存在になっていきます。安保反対の背景には「原爆許すまじ」、「水爆実験反対」などの平和主義の声が高まっていたこと、および安保改正は、改憲・再軍備につながるのではないかという危惧がありました(半藤、2009)。しかし、六十年安保のデモが終了した直後の週刊文春の見出しは、「デモは終わった、さあ就職だ」(半藤、2009)であり、七十年安保の五年後には、荒井由美(現:松任谷由美)さん作詞の「いちご白書をもう一度」がヒットしました。この曲の二番は、次のような詩です。

僕は無精ヒゲと 髪を伸ばして
学生集会へも 時々出かけた
就職が決まって 髪を切って来た時
もう若くないさと 君に言い訳したね
  
君も見るだろうか 「いちご白書」を
二人だけのメモリー どこかでもう一度
二人だけのメモリー どこかでもう一度
                       詩:荒井由美

 「いちご白書をもう一度」がヒットしたころ予備校生だった私は、「えっ?就職しちゃうの?」と驚きましたし、少々当惑したものです。

 侵略的で無謀な戦争をしてしまったという日本人としての恥の感覚の中で育った当時の全共闘世代の人達は、安保闘争をはじめとする学生運動によるエネルギーの発散によって、新たなアイデンティティを確立しようとしたのかもしれません。彼らは軍国主義と言う日本の悪しき過去のイメージを、水爆実験を行いベトナム戦争に突入していったアメリカに投影し、それを攻撃することにより過去に対する恥の感覚を払拭しようとしたのではないかと思います。戦前戦中の人びとを、まったく異人種かのようにとらえ、自分達自身のことを、彼らのような愚は犯さない人間と規定しようとしていたのです。

 しかし、それはかりそめの解決に過ぎません。人は、黒白の二分論で理解することはできません。だれの中にも、黒の部分と白の部分があります。変容内在化し、次の成長段階に進み新たなアイデンティティを獲得するためには、過去の価値観や世界観を徹底的に見つめ挑戦すること(直面化)が必要です。すなわち、自分自身をごまかさずに、自分の中のネガティブな部分を含め、ありのまま見つめるプロセスが必要です。単に、環境が欲求する価値観に服従するだけでは、過去を乗り越える成長は起きません。そこにあるのは、一時的なかりそめの自己満足だけです。このようなかりそめの自己満足は、代用満足と呼ばれます。

こうして、脆弱なアイデンティティはそのままに、学生達は学生運動というお祭りを卒業し、就職して高度成長下の企業戦士になるという、次なる環境が欲求する価値観に、自らを同一化させていきました。

 戦後の日本が変容内在化のプロセスをバイパスしてしまったもうひとつの要素に、ナルシスティック・エクステンションが挙げられます。戦没者三百十万人以上(読売新聞戦争責任検証委員会、2009下巻)とも言われる戦争によって、将来への希望や欲求を捨てざるを得なかった人達は、非常に多かったはずです。彼らは自分の子供たちに失われた希望を託すようになり、その中でナスシスティック・エクステンションが広まっていったのではないかと思われます。 

私は敗戦後十二年目で生まれたのですが、私の少年時代にはすでに受験戦争とか教育ママという言葉がありましたし、主に都市部の小中学校では、教育熱心な親なぜかしょっちゅう学校にいて、先生達と談笑している風景も見られました。学校は子供と先生の世界ではなく、親が侵入してくる世界となりました。そうした親の子供の世界である学校への侵入は、やがてモンスターペアレントの出現によって、ますます顕著になっていきます。そして、親子が一体となって子供の偏差値を上げることに全力を注ぐような世の中へとつながっていきます。
<つづく>



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向後善之(ハートコンシェルジュ・カウンセラー)
ハートコンシェルジュ
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