第3135回「日本におけるナルシズムについて その4」

ナルシスティック・エクステンション

 親達の中には、自らの自己愛的な欲求を、子供を代役として実現しようとする人達がいます。このような心理過程は、ナルシスティック・エクステンション(narcissistic extension)と呼ばれます。エクステンションとは、拡張とか延長という意味です。

 ナルシスティック・エクステンションに支配されている親達は、子供を自分の延長、ないしは分身だと思っています。彼らは自分の欲求と子供の欲求は同じであると勘違いし、子供のことをなんでもわかっているという妄想的確信を持っています。また、彼らの多くは子供の進路に対する明確なランキング・システムを持ち、子供の達成したゴールに同一化しがちで、逆に子供が自分の設定したゴールに達さなかった時子供以上にがっかりしたりします。

そして、子供が自分の理想とするコースをはずれそうになると、そのコースを修正するために、過剰で執拗な努力をする事もあります。そうした過剰な努力の例(McWilliams, 1994, p.173)を以下に示します。

〔例〕
母親は、自分の息子が「最高の」大学に行く事を希望していました。そして、彼女にとって「最高の」大学はハーバードでした。息子は非常に優秀で、ハーバードの入試には失敗したものの、いくつもの超一流校の入試に合格し、その中からプリンストンを選び進学しました。彼にとってハーバードに落ちた事は問題ありませんでした。なぜなら、彼の進みたい分野では、プリンストンの評価の方が高く、充実した教育が得られると考えていたからです。彼はプリンストンで勉強を始めたのですが、母親は「息子がハーバードに落ちた」事がどうしてもがまんなりません。そして、ハーバードの当局者達とかけあい、結局息子をプリンストンからハーバードに転校させてしまいます。

 この例では、母親は自分の自己愛的な欲求を、息子を代理として満足させようとしています。彼女にとっては、息子は彼女の自己愛的な延長(ナルシスティック・エクステンション)であり、ひとりの個人とは認識していません。母親は自分の延長である息子がハーバードに入学した事であたかも自分自身が称賛されているかのように感じるのかもしれませんが、息子にとってはなんらメリットがありません。彼は、深い無力感を感じたに違いありません。このような介入を受け続けた子供は、たとえ優れた資質を持っていても、それを自らの中に認めることができなくなります。

 ナルシスティック・エクステンションは、日本で非常に多く見られます。子供を有名校に進学させようと奔走する親、子供の結婚相手にあれこれ条件をつける親などはその例と言えるでしょう。彼らは、自分の子供が達成した成果をあたかも自分の成果であるかのごとくふるまうことも少なくありません。子供が望もうが望まなかろうが関係なく、彼らにとっての「高いレベルの人達」と対等に付き合おうとします。そして、そうした付き合いこそ、彼らが自分自身の人生の中で獲得することができなかったものなのです。

 ナルシスティック・エクステンションの環境の中で育った子供達は、その環境自体に反旗を翻さなければ、親のナルシスティックな欲求を自分の中にとりこんで自分もナルシズムの傾向を強くしていきます。

 ナルシスティック・エクステンションをする人達が、元々ナルシズムの傾向を持っていたとは必ずしも言えません。例えば、不慮の事故や災害、あるいは戦争などによって自分の希望を奪われた場合、次世代に希望を託すというのは自然な心理です。その度合いが強くなり、子供を同一視するようになるようなレベルになると、ナルシスティック・エクステンションとなります。
<つづく>



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向後善之(ハートコンシェルジュ・カウンセラー)
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