第3005回「防衛的感情表現とオーセンティックな感情表現 その2」
オーセンティックな(純粋な)感情が表現された後、それがルーチン化し防衛的感情表現になってしまう場合もあります。
境界性パーソナリティの激しい憤怒も、演技性パーソナリティのドラマチックな絶望的悲嘆も、最初はもっと深くしかし静かなオーセンティックな感情表現だったかもしれないのです。しかし、たとえばそうした表現が理解されることも受け入れられることもない状態が続くと、怒りは激しい憤怒へ、哀しみはドラマチックな絶望的悲嘆へと反復強迫的にエスカレートし、防衛的感情表現に変化していくのではないかと考えています。
そして、そうしたエスカレートと並行して「利得」の要素が強くなるということもあるでしょう。激しい憤怒をぶつければ、絶望的悲嘆を見せれば、相手が刹那的にその人の要求をかなえてくれるという利得もあり得るのです。
また、セラピーの中で表現されたオーセンティックな感情表現が、防衛的なものに変質していくことすらあります。こうなると、クライエントが防衛的感情表現をすれば、セラピストが共感してくれるという状況になりがちです。このような場合、実は、セラピストの共感は真の意味での共感ではなく、その場しのぎの「共感のフリ」、つまり、「防衛的共感」になってしまっているのです。これでは、もはやセラピーにはなりません。
従って、セラピストには、防衛的感情表現と、オーセンティックな感情表現とを見分ける眼が必要と言えるでしょう。
しかし、防衛的感情表現と、オーセンティックな感情表現とを見分けるのは簡単ではありません。一概には言えないのですが、防衛的感情表現の場合、何らかの焦燥感、押し付け感、執拗さが見られ、その結果としてのなんらかの見返りを求めますが、オーセンティックな感情表現の場合、そうしたことはありません。
防衛的感情表現は、マイルドなレベルでは、だれもがやったことがあるでしょう。うそ泣きとか愛想笑いなどは、マイルドな防衛的感情表現ですね。僕の得意な笑ってごまかすなんていうのも、立派な防衛的感情表現です。パーソナリティ障害の場合、それが極端になっちゃうわけですが、本質は変わりないのです。本質が変わらないから、例えそれがパーソナリティ障害の人の表現であっても、理解することは可能なわけです。
☆ 新著【吉福伸逸の言葉】は、好評発売中です。
☆ 【自分をドンドン傷つける「心のクセ」は捨てられる】は、好評発売中です。
☆ セラピストビレッジは、セラピストおよびセラピストをめざす人、セラピーや心理学に興味を持っている人たちの相互勉強会です。勉強会と言ってもお固いものではありません。自分たちが思いついた事を試してみる場です。参加者が自分たちのセラピーを作り出し発信して行く場にしたいと思います。
☆ アライアント国際大学・カリフォルニア臨床心理大学院日本校は、文部科学省より「外国大学日本校」として指定されています。統合的カウンセリングが学べます。
向後善之(ハートコンシェルジュ・カウンセラー)
ハートコンシェルジュ
向後善之(ハートコンシェルジュ・カウンセラー)へのカウンセリングのご相談は... http://www.heartc.com/