振り返らず改札にむかった。新幹線を降りて改札にむかう人の数はだいぶ少なくなっている。波に逆らうように、改札を通った。

改札を抜けたところで、我慢できなくなった。

振り返った。

アツくんが見えた。飛んでいきたかった。でも、こっちには気がつかず、携帯をいじったかと思ったら耳にあてた。誰に、どの携帯に電話をしているかは、すぐにわかった。

驚いた顔をして辺りを見回している。留守電になってしまったのだろう。あわてて、もう一度携帯を操作している。


“アツくん…さようなら。お姉…バイバイ。”


次の新幹線はあと五分足らずで発車するようだ。この時間の下りなら自由席も座れるだろう。

今度こそ振り返らず、ホームにむかった。

ジーンズの左の後ろポケットが寂しい…。
バッグから自分の携帯を取り出して、ねじ込もうとした。思い立って、携帯を開く。碧い空。

“お姉…ゴメンね…ありがとう!”


~第二章 fin~
“着いた。”

新幹線が着いたらしい。改札口にたくさんの人がむかってくる。まずはスーツ姿の人達が、急ぎ足で通り過ぎていく。

ここでこうしてマミを待つのは何回目だろう。もう10回は超えているな。マミもここにいることはわかっているだろう。

“まだ…かな。”

人ごみは少なくなりつつある。新幹線の端の方の座席だから、まだ来ないのかな。それともトイレにでも寄っているのか。



“どうしたんだろう…。”

心配になりつつあった。出口を間違えたのか、それとも…。
それ以外の可能性は思い当たらなかった。
それにしても、メールか電話はくるはずだ。いままでだったら、新幹線がホームに着いた時に「着いたよ」メールが来るはずだったが、今日はそれもない。



握りしめていた携帯を開き、コールしてみた。

“えっ…!!”

着信メロディが聞こえた。

“近くにいる!?”

マミの好きな歌手の曲、確か曲名は『最愛』。
お姉の携帯から、存在を消していく。残すのはアツくんフォルダだけ。
初めは使い方に戸惑っていたお姉の携帯も、いまでは自分のよりうまく使いこなせるようになってしまった。

時間がないのが幸いしたのかもしれない。感傷にひたる隙もなく、指を動かしていく。

チラッと見たら、アツくんが携帯を開いていた。新幹線到着の時間なんだろう。

“終わった!”

携帯の中には、お姉とアツくんだけが残っている。他の存在は…あたしも含めて…すべて消えた。




“アツくん、お姉を返します。お姉にもアツくんを返すね。”


そうだ。気がついて、最後にマナーモードを解除する。

“それから…これ!”

これだけは渡したかった。聖美として、最初で最後にアツくんにしてあげられること。

プレゼントとして用意してきたネクタイピン。あたしが毎日アツくんの胸にくっついていられる。そう思って、選びに選んで、気がついたら3時間も考えて決めたプレゼント。

小さな袋に入っていた。その中に携帯も入れる。


改札口がざわめきはじめた。東京出張の会社員たちが小走りで改札をぬけ始める。
アツくんは真剣に見つめている。

“いま…だ!”

アレンジメントの入った大きな紙袋に、携帯とプレゼントの入った紙袋を滑り込ませた。

小さな音がしたが、アツくんはピクリともせず、改札を見つめている。


そのまま、下をむいたまま、改札にむかった。
もう一度、アツくんの横顔を見たら、感情が吹き上がることがわかっていた。