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女性セラピストが創るNPO「ハートを育てるプロジェクト」

悩む前に読む~リアルに綴る女性の人生~心と心を繋ぐメッセージ 

夫が「里帰りしろ」と言う。

一人になって
気ままに過ごしたいのがわかりました。


ただ、私は正直言って
実家には帰りたくはありませんでした。

父母は、共に再婚して
それぞれの家庭があります。

母にお願いできれば安心だったのですが
急な階段の5階の市営住宅に
夫と二人で精一杯!の狭い部屋に
妊婦の私がお世話になるなんてできません。

そうしたらやっぱり、父の家か・・

後妻さんは父よりも10歳以上年下の
若い方で出産経験もなく
私が行ったら戸惑うんじゃないかと
気後れしました。

面識もあまりありません。


でも、
夫の言うことを聞かなかったら・・

思い切って父に電話。

「えっと、あのね、
赤ちゃん産むの東京でと思っていたんだけど
そっちで・・
お願いできないかなって思って・・」

もごもご説明し始めた私の言葉が
終わらないうちに

父の携帯電話から私の声が漏れ聞こえたのか
近くにいたらしい後妻さんの

「いいよー!」

という大きな声。

ホッとしました。



その後実家近くの産院をネットで探し
問い合わせたところ

「もう今すぐにでも一度診察に来てください」

この時、妊娠8カ月。

里帰り出産の場合は
9カ月目には里帰りを済ませ
その前に一度診察をするよう言われました。

妊娠8カ月の時点で診察をして
その結果引き受けられるか答えを出す、とのこと。

今行かなければ出産の予約ができません。


どうしよう・・


猫はいいのですが
犬の散歩は夫は全くしません。

ため息が出そうでしたが
仕方ありません。

私は帰省の準備をして
大きなお腹で
重さ7キロのダックス犬を
キャリバッグに入れて
電車と新幹線を乗り継ぎ郷里に
帰ることにしました。


事情を話していついつ帰る、
なんて話をしたところで
夫が関心を持つどころか
イライラするだけ。

「俺には関係ない」

そんな言葉で傷付くよりは
黙って朝出かけようと思い

会社に行く準備をしている夫の脇を通って
玄関に向かうと

さすがに気になったのか
声を掛けてきました。

これこれこうだと説明すると

「気をつけて」

とポツリと言いました。


罪悪感

彼に自分が何をしているのか
わからせることが大切でした。

「自分のせいの離婚」なんだとわからせること。
それが最終的に私と子どもに必要な養育費に繋がる。

小さな布石が生きてきたことを実感しました。


そして、検診後実家から戻ってきた私は
タイミングを見て彼にこう言います。


「子どもの顔を見てから
(離婚する・しないは)
決めたらいいんじゃない?」

すると彼は素直に

「俺もそう思う・・」


彼の「そう思う」の「そう」は
「子どもの顔を見たら自分が変わるかもしれない」
のようでしたが、

私がこう言ったのは
彼が変わるかもしれないと思ったのではなく

彼にありがたいと言う気持ちを起こさせて
私が彼のために
精一杯の優しさと許しを与えていることを
植え付けるためでした。


「離婚しろ、お腹の子どももあきらめろ」

衝撃の言葉から半年が経とうとしていましたが
私は大きくなるお腹の子と共に
守りに徹する強い"母"に成長していました。


成長しようとしない夫よりも
成長する子どもとともに自分も成長する
その喜びをかみしめていました。



自分が何をしたいのか、
わからない夫。

離婚と言っておきながら
私が離婚届を持ってくれば
破り捨てたくなる。

イライラしてその感情を
どうしていいかわからず
髪をかきむしる。


例えば
「カウンセリングを受ける」
と言ってくれたらいいのに

彼の気位がもう少し低かったら
穏やかで平和な解決ができただろうに・・
カウンセリングを受けるとまでいかなくても
「オレ、今どうしていいかわからないんだよ」
と素直に言ってくれたらいいのに


心の引きこもり

彼の状態は「心の引きこもり」でした。


"扉"に近づこうものなら
何をするかわかりませんでした。

だから
もうこちらから何か働きかけることはせず
ただただ、
状況に身を任せるしかありませんでした。


「観たい映画がある」
と連れて行かれる。

大きなお腹では映画館の座席は狭く
2時間以上も上映の続く映画を観に行くのは
お腹の赤ちゃんには絶対によくないとは
わかっていたものの

一緒に行ったら何か変わるかもしれない
一途の望みに掛けてみたい。

という
私の気持ちではなく
彼の気持ちを汲みとり
映画館に足を運びます。

途中、案の定、
狭い座席と大音響に
お腹に痛みが何度も走りました。

顔色も失せていく私に気付くこともない彼に

私は

彼のトライにすらも
もう付き合っていられない心境になりました。


完全に心が冷えたからできる微笑み。

この状況を平和にやり過ごすことが
私と子どもの最善の道、
とはっきり思えるから

映画の帰り道の彼の独り語りに
ただただ微笑みうなずく良妻を
演じることができました。


彼は満足そうでした。

自分の思う通りになるだけで満たされる。

簡単な人だな、と思いました。


だからこの後、
私は徹底的に"良妻"をやり続けました。

余計なことは話さない
帰ってきたら
「おかえりなさいませ」
「お疲れさまでした」
返事はすべて「はい」

よそよそしくない程度の敬語を使いました。

頑なな感じではないように
微笑みの柔らかい声で。


この成果か、
彼はもうパニックになることはありませんでした。
だからと言って、前の彼に戻ることもありませんでしたが
でもあの支離滅裂な状態がないだけでもホッとしました。


とにかく、
私と子どもにとって最高の「離婚」にたどり着くには
ひとまず平穏さが必要だったのです。


離婚せずにいれたら一番いいのでしょうが
彼には子どもの父親はムリだと
はっきりわかっています。



私が離婚を言うのと
私が離婚を言われるのとでは
まるで違います。

私の希望となると
養育費なんて絶対もらえないと思いました。

だから、
「彼のための離婚」になるように
その時から言い方を変えました。


「つらかったらあなたのために離婚してもいいよ」

義母さんからの電話でも

「彼がかわいそうなので
離婚もしかたないんじゃないでしょうか?」


「あなたのため」
「彼のため」

この言葉を必ず使って話す。


こうしてじわりじわりと
(一見そうとわからないように)
布石を置いていきます。




私が離婚届を持ってくれば
ビリビリに引き裂いて
パニック状態になる。

「子どもが生まれたら
犬と猫とだけの世界を作ったように
俺の入れない世界をまた作るだけだ」

といったような
すぐには理解できないようなことを言う。


犬も猫も自分が欲しいと言って飼うものの
何の世話もしない夫にうんざりしながらも
思いがけずかわいくなっていく犬と猫。

夫よりも犬と猫のほうが好きでした。


自分から子どもの話をしておいて
いざできると「あきらめろ」
それも「離婚しろ」まで言ってくる。

こんなことをされて
夫を好きでいれるわけがありませんでした。


子どもが産まれたら、夫の言うように
子どもと犬と猫をかわいがる日々になっていたでしょう。
夫の存在は私の心にないまま。
夫が変わらない限り。


「アダルトチルドレン」


私の信頼する友人が
私の離婚後、
ふと言った一言が忘れられません。


「これさ、めぐちゃんの旦那さんだけじゃないよ。
男女問わず、父になれない母になれない人、
多いしこれからも増えていくと思う。」

彼女自身は結婚も出産もしていませんが
でも社会全体から何かを感じているんだなと思いました。


私も彼に対する個人的な怒りや憤りというよりも
「今の日本の問題」という気がしていました。

彼は不器用でそれをそのまま出しているけれど
もしかしたら多かれ少なかれ誰もが
父になる心、母になる心
「心」が適切な言葉かわかりませんが
学校では教えてもらえない
「父になる」「母になる」がわからない。


彼は父になることで
自分が損すると思っていました。

私に大事にされない
我がままも言えない
お給料は子どもに使わなければいけない
子どもの相手をしなければいけない


父親以前に、
大人にすらなれていない


でも
大人ってなろうとしてなるものなんでしょうか?

父親ってなろうとしてなるものなんでしょうか?
母親だって・・


大人になりたいな
お父さんになりたいな
お母さんになりたいな

こうした自然の感覚って
どうすれば出てくるんでしょうか?


今までの記事の中で、
私はまるで
一つの命を守る
勇敢で立派な母親のように
描かれているかもしれませんが

実際は、
そんなことはないんです。

「離婚しろ、子どもはあきらめろ」

こう言われた時に
私が真っ先に思ったのは


世間体です。


そんなこと、誰にも言えない。
子どもを産まなかったうえに離婚までされて
私はこの先みじめな人生になりはしないか?

私の頭を最初によぎったのはこのことです。

だからと言ってそのために産んだわけでは決してなく
それ以上に私に産ませる何か力が働いたような
そんな感じではあるのですが

私だって彼同様、
大人になれない幼い人間でした。


今だってそうです。

ただ、私は彼と違って女性だった。
産むのは私、抱くのも私、
おっぱいをあげるのも私、

女性だからやらざるを得ない
ただそれだけです。
やっていく中でなんとなく
「母」になっているだけのことです。


子どもがいる

このことだけで世間から
「立派だ」「幸せだ」という
"認定証"をもらえます。

子どもがいない

このことだけで世間から
「寂しいでしょう」「幸せでないでしょう」という
レッテルが張られる。

結婚していない

このことだけで世間から
「わがままだ」「努力していない」という
視線が向けれらる

実際にはレッテルだって視線だって
投げかけられていないのかもしれませんが

でも今までの日本の文化の中で
そうした風潮があるのは否めません。


こうした社会的な圧迫・脅迫観念を背景に
「子育てを立派に成し遂げなかったらどうしよう」
という過剰な恐怖感を潜在意識で
私たちは抱えているかもしれません。


この時私は、
自分の置かれた大変な状況とは別に

社会の不安感というのを
彼のパニックを通して
リアルに体感しているのを感じていました。