突然、讃美歌のような綺麗なコーラス(歌声のみ)が30秒くらい聞こえてきて、
隣のマンションの住人さんが、そこだけオーディオを大きくして聞いていたのかなとか
大音量の車が通りすぎたのかなとか思ったけど、すごく状況的に謎な感じで不思議でした。
ちょうどこの書は私にとってすごく重要っぽいなと感じながら読んでいたところだったので、
それを確信させてくれるサインのように感じて、ものすごく感動しつつも、
あまりの不自然さに笑ってしまう、みたいな、
そんな、人生の思い出の一頁に刻みたい素敵な出来事があり嬉しかったです。
そういえば去年はトイレでとつぜん「古今集とタロットで解ける」といわれたり、
6月17日のお風呂上がりに、唐突に「タロットを作る」とひらめいて天命だなと思ったり、
もともとは、夢で三浦春馬に「きのつらゆき!」って言われてからだったなぁ(萌)みたいな、
そういうのって突然で前後の脈絡がなくてウケる上に、いつまでも面白いなぁと思い
思いだしてはニヤニヤできる宝物が増えてうれしいなぁ幸せだなぁと思いました。
そんなわけで、そっち方面を勉強してきて最近思うのは、選別の大切さ、みたいなことで
どうしてみんなにわかるように説明して、みんなを救わないのかなって不思議に思っていたけど、
救わないんじゃなく、救われているのに気づかないで自分で救わないだけで、
理解が不十分だと妄迷のもととなるから教えない、というのは当然のことだなとわかり、
抽象化して、わかる人にだけわかるように書くというのは、イニシエーションのようなもので、
和歌も聖書もタロットもそういうことで、
読んでもわからない人もいれば、先入観から誤解する人もいて、でもそれで良くて、
だから、選別はむしろ解釈の自由の尊重、自由意思の尊重で、愛なんだなって、
選別について納得できてなかった部分が理解できてすっきりしたお正月でした。
それで今日も、そもそも誰にでもわかるように説明するなんて不可能かもな~って思ってたら
「同じこと言っても、全くわからない人もいるんですよねー」
「でもあの人はそういう時 ゼッタイ、わからない人に合わせないでしょ?」
って会話が聞こえてきたり、かなこさんとも、そんな話が出たりで、今日2回も!だったので、
やっぱり、2と3なしに1は語りえないのと同じで、わからない人に合わせる必要はない
ってことで良いみたいと思い、サインの早さが嬉しいなと思い
創造原理三位一体の、1の望みと、3の創造への選別の鍵が、2の直感的理解なんだなと、
体験的にもいろいろわかってきて楽しみな今日この頃です。



年末にペリドットで作りました~!
そのうちネットショップにアップする予定でふ!
では!


















































