満月の話 | MAJOの家

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こんにちは。

 

今夜は、いて座満月だそうですね。

 

ひとつの満了を意味する満月。

また次のステップへ踏み出す始まり。

 

 

花

 

 

最初に

「想い」が生じ

それを読みとり

 

「想い」を表現するために

言葉を生み

それを読みとり

 

「想い」をより現象化するために

行動し

それを読みとる。

 

 

これは

「想い」というベクトルがはっきりしているほど

わかりやすく

 

「想い」を読み取ることは

 

本来は

 

物からも

言葉からも

同じように読み取れる。

 

 

丁寧に

 

原点のところまで

わたしたちの意識が

戻ってこれたなら

 

そこにある「想い」は読み取れる。

 

 

言霊という考え方も

呪いという考え方も

願うという考え方も

 

結局のところ、

「想い」から始まっている。

 

 

その「想い」の部分は

目には見えない。

 

でも、

わたしたちは、ちゃんと理解できる。

読み取ることができる。

 

 

この感度を上げることで

テレパシックにもなれるし

リーディングもできると思う。

 

それは特別なことではない。

 

わたしたちの存在の本質だから。

 

 

嘘をつく必要もなく、嘘など成り立たない。

 

 

今年流行りの服みたいに

スケスケになるの。

 

(言い方。。)

 

 

花

 

 

そういえば

映画「さかなクン」で

アミアミの服を着ていた不良君から

服を拝借して

港で何かを捕るシーンがあったと思うんだけど、

(タコだったかな?)

 

今年は

さかなクンは

そんな目で流行を眺めるのかな。

(どんな目)

 

 

花

 

 

何をしてもいいし、

しなくてもいいし、

 

選択を間違えてもいいし、

 

成功しなくても、

偉くならなくても、

 

ほんとうに何でもいいの。

 

 

わたしたちの本質は

「想い」が生じ

それを物質化、具現化する、

 

それを体験しているに過ぎず、

 

 

外側に起こることに

心を揺さぶられることが人生ではなく、

与えられたことに

意味付けすることが人生でもなく、

自分をジャッジすることと

努力することが人生でもなく、

 

もし言うならば、

 

よりクリアな水のような静寂のなかから

 

どれだけの美しいものを

 

物質化、具現化し、

それを体験し、

 

この世界の成り立ちを喜べるか、

 

ただそれだけかなと思う。

 

 

美しい「想い」を生み出すために

浄化だとか

過去の清算だとか

ネガティブなものと思われるものを

手放すことが出来れば、

それはもちろん、

素敵な世界を生み出せるだろうと思う。

 

 

でも、

ネガティブも過去も

在っていいと思う。

 

 

わたしの中のイメージでは

 

 

竜巻みたいな

ぐるぐるとした螺旋の流れが

ずっとずっと上のほうまで続いていて

 

それは

 

清濁合わせて

 

全てを

 

調和というよりも融合されて

 

ひとつの創造へ向かう、

そういうイメージがある。

 

 

日本には

「音楽」という意味に近い

「調べ」という言葉がありますね。

 

和楽器を扱う人は

「調べ」というかもね。

 

「調べ」とは

 

そこで鳴く虫や鳥の声や

風の音までもが

含まれているようで、

 

(誰かの声や物音も)

 

あらゆる「音」の調和、

「場」の調和を言うように感じる。

 

 

そんなふうに、

 

それぞれの「想い」が

感じられるなら、

 

それは「調べ」となって、

 

渦をまいてひとつになっていくように感じる。

 

 

その流れのなかで

 

消えていくものもあると思う。

 

 

螺旋のなかで

淘汰されていくものもあると思う。

 

 

でも、それは排他的ではない。

 

 

いつも書いているけれど、

「ジャッジ」を超える、

 

正解、不正解、

善悪、

もろもろの価値観は、

 

知恵であり、

自分を方向づけているものではあるけれど、

 

人を許したり、

自分を許したりする時の

苦しさにもなるよね。

 

苦しさから、自分を解放していく。

 

わたしたちは

螺旋の流れに乗っていく。

 

 

自分は自分の向かう先を

「想い」の向かう先を

はっきりとさせていく。

 

それだけでいい。

 

 

今は理解できなくても、

 

大きな流れのなかで

想像以上の調和のかたちに

向かっている。

 

 

いつも

「想い」に集中すること。

 

 

花

 

 

 

神社でお参りするときに

お願いごとをするのはね、

これは

神様への

頼み事ではなくて、

「想い」の明確化、宣言のようなもの。

 

「調和」は

神様との関係にもあって、

 

「祈り」は「意乗り」

天に立ち昇る

螺旋の流れに

「想い」を乗せてもらうイメージ。

 

神様のエネルギーと調和して

天に立ち昇る「想い」は

 

きっと最善のかたちで叶うと思う。

 

 

十(10)

という数字は

 

満月と同じ意味で

ひとつの満了と次の始まりの意味がある。

 

という漢字は

縦が天地を表し

横が大地を表し

それが調和した様を表している。

 

(火が立ち昇るから縦、

 水は流れるから横、とも言う)

 

わたしたちが手を合わせるのは

同じく、

左手と右手で

調和を表していて、

 

口の前で手を合わせる、

それが

「叶う」という漢字になっているの。

 

 

調和とともに叶う。

 

 

それがわたしたちの本質で、

向かっている方向だからね。

 

 

花

 

 

今日もまた、

書きすぎた気が・・・

 

 

読んで下さり、

ありがとう。

 

それでは今日は、この辺で。