人を信じることって、いつか裏切られることと思ってた | 加藤なほ 「"毒親育ち" からの人生改革」

加藤なほ 「"毒親育ち" からの人生改革」

毒親育ち、アダルトチルドレン、恋愛依存(DV)などの実体験を元に、"わたし" を生きる方法を伝えています。
▶︎セッション実績…2013年〜 5000件以上
▶︎メディア…NHK(クローズアップ現代+/あさイチ他)/朝日新聞/他多数。
▶︎著書「ワタシの母は毒親でした。」


”ファン”

というわけではないけれど、
どんな服でも着こなせてしまう彼女は、
すごいな、かわいいな、さすがだな
と思う。

同じ女性として、
おしゃれやファッションが大好きな者として、
尊敬する部分がある。

性格はそんなに好きではないけれど(笑)

でも、こんな詞を書く彼女は、
過去いろいろな思いをしてきたのかな…
とよく思う。


華やかな芸能の世界ほど、
こんな思いをしてきた人が、実は多いのかもしれない。

あ、適当に言ってます 汗


---

A Song for ×× 
作詞:浜崎あゆみ


どうして泣いているの 
どうして迷ってるの 
どうして立ち止まるの 
ねえ教えて 

いつから大人になる 
いつまで子供でいいの 
どこから走ってきて 
ねえどこまで走るの 

居場所がなかった 見つからなかった 
未来には期待出来るのか分からずに 

いつも強い子だねって言われ続けてた 
泣かないで偉いねって褒められたりしていたよ 
そんな言葉ひとつも望んでなかった 
だから解らないフリをしていた 

どうして笑ってるの 
どうしてそばにいるの 
どうして離れてくの 
ねえ教えて 

いつから強くなった 
いつから弱さ感じた 
いつまで待っていれば 
解り合える日が来る 

もう陽が昇るね そろそろ行かなきゃ 
いつまでも同じ所には いられない 

人を信じる事って いつか裏切られ 
はねつけられる事と同じと思っていたよ 
あの頃そんな力どこにもなかった 
きっと 色んなこと知り過ぎてた 

いつも強い子だねって言われ続けてた 
泣かないで偉いねって褒められたりしていたよ 
そんな風に周りが言えば言う程に 
笑うことさえ苦痛になってた 

一人きりで生まれて 一人きりで生きて行く 
きっとそんな毎日が当たり前だと思ってた

---


…こんな詞を書く彼女に少し親近感がわくのは、
長いこと私が、
自分の居場所も、
自分への自信も、
未来への期待も、
これっぽっちも持ち合わせていなかったからなんだろうな。


人前では絶対泣かない、
人の顔色を伺って期待に応える、
えらいねって言われたくて、優等生を演じる、
そんな生き方をしてきたからだろうな。



”人を信じる事って いつか裏切られ 
はねつけられる事と同じと思っていたよ”
ってあゆは書いているけど、
わたしも思ってた思ってた。

「裏切られて傷つくくらいなら、だったら、最初から信じない方がまだマシ」
と、それはそれは、よく思ってた。

だから、
いつ裏切られてもいいように、いつも変に準備をしていた。

「人はすぐ裏切る」
「人の気持ちなんて、すぐ変わる」
そう準備しておけば、傷は少なくて済む…
ってね。

つまり、
”他人は信じない”
という前提で生きてきた  ということ。

だから、
大切なことは、人に言わないようにして、生きてきた。

でもその一方で、
どこか分かって欲しくて、ぽろっと言ってしまうこともあったりした…


”他人は信じない”
という前提で、生きてきてるから、
裏切られたときは、
「ほ~ら、やっぱりまた裏切られた
と思う。

と同時に、
「信じたら傷つくのわかってたのに、何信じて傷ついてるの?」
と、
傷ついた自分を、
少しでも人を信じてしまった罰だと、
これ見よがしに責めまくる。

そして、
次こそ傷つかないように、
”他人は信じない”
という前提を、今まで以上に強化する…

そんなのの、繰り返し。


…人を信じれなかったのは、
紛れもない、
書くまでもない、
自分に自信が、なかったから。
自分を信じれ、なかったから。

自分を信じてないから、
自分に力があるなんて思ってないから、
傷ついても、立ち上がれるなんて思えない。
傷ついたら、立ち上がれないと思っていた。

傷ついて立ち上がれないなら、
そりゃ自分を傷つける可能性がある他人のことなんて、人なんて、
信じれるわけがないよね。



”自分を信じることができて初めて、
人を信じることができる”
と、若い頃から本とかでよく読んできた。

けれど、
頭でわかっても、肚にはなかなか落ちず、30年という時を過ごしてきた。

これが長かったのか、短かったのかは、よくわからない。
その判断は、人それぞれだし。

けれど私は、
「30年こう生きてくる必要があったんだ」
と、今は思ってる。
すべては必要必然ベストで、いいことしか起こっていない  って信じてるから。

どんなにつらく、悲しいことが起きても、
自分を責めすぎた結果、苦しくなっても、
必然必然ベストだと、
思うようにしてる…



今ではわかる。

”自分を信じることができて初めて、
人を信じることができる”
の意味が。

それは、
私の解釈だと、こんな感じにまとまります。

”人を信じて裏切られたとしても、
人を信じて傷ついたとしても、
わたしはいつかきっと、
また立ち上がれる  と分かっている。

どれだけの時間がかかるのかわからないけれど、
きっと、きっといつか、
自分の足で立てると信じられる。

私は一人じゃない。
私には一番の味方であるこの私がいる  と、私は分かっている。

こういう自分ができて初めて、
本当の意味で、人を信じることができる。

信じて裏切られても、
私には、私という味方がいて、1人ではないと知っているから。

そしてこんな私が、一人になるわけがないから”  と。



人の気持ちは変わる。

変わるものを信じる  という事は、
それが変化したとき、こっちも影響を受けてしまうということでもある。

例えば、
犬のリードを引いて散歩していて、
犬が突然走り出したときって、
リードを引いてるこっちは転びそうになるよね。

それと同じで、
一方が変化すれば、こっちも影響を受けざるを得ない。


諸行無常。
変わらないものは、たぶんない。
すべてのものが変化する、この世という世界に、わたしたちは身をおき、生きている。
だから、
影響を受けない
なんて、きっと無理だ。
人は、神じゃない。


影響を受けてもいいと思う。
影響を受けてもいいよ
って、自分に対して思えてるか思えてないかだと思う。

転びそうになっても、いいんだよ
転んでも、いいんだよ
失敗しても、いいんだよ
って、
自分に対して思えてるか思えていないかだと思う。


転びそうになったら、立て直せばいい。
転んだら、立ち上がればいい。
その力が、自信というもの。

転びそうになった時、立て直せるか。
転んだとしても、立てると思えているか。
それが、自分を信じるということ。


この力があれば、
裏切られたって、
傷ついたって、
いつか必ず立ち上がれる。

そして、
そんな自分だって、自分が知っていれば、
裏切られてもいい、
傷ついてもいい、
と思える。

そして初めて、人を信じることができる。

私は、そう思うんです。



…はΣ(・ω・ノ)ノ!

夜中のお風呂でブログを書くと、リラックスしとるからかわけわからんこと書いてしまう…



それにしても、
A Song for ×× 
×× 
には、
”母親”
が当てはまるんじゃないかと思ってしまうのは、私だけかな~?



わたしの今の待ち受け♪
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あゆより、安室ちゃんの方が、昔からだいすき。
かれこれ、21年ファンだな~。

8歳の時、まだ売れる前の安室ちゃんを、浜名湖パルパル(今名前変わったよね)で見たことがあります。

ハッピきて、スーパーモンキーズで踊ってたのを見たの。
ホームビデオに残ってるのが、ちょっと、自慢♡




来月からは、形を変えてリニューアルします。

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なほ