MISAKIng' Village -3ページ目

MISAKIng' Village

私のmust haveを少しずつ紹介♪

何年ぶりなのかもわからないくらい

久しぶりのアメリカ🇺🇸爆笑


目的地はサンディエゴなのですが

行きの飛行機はLA着に


その理由は

らくまラブ(LACMA)

らくまって日本語の音で発音したい笑

Lの発音を意識しつつラァクマみたいに言うより

「らくま」って日本語で言うと

なんだかとっても可愛いのです笑

私の中にはそういう単語が時々あるのです

極めて個人的な感覚でしょうね笑

そして、どうでもいいですね笑



ジョープライスのコレクションを観たくて

日本館🇯🇵に行きたかったのです

そして行ってから知った

休館中ガーン

 

「何年か前に行った時はまだ工事中で休館してたけど

流石にもうやってるでしょ」

と言う現地伯母の言葉を信じて行ったのにねー

 

まあでもやっていなければ常設展をゆっくり観ようと思っていたので

事前に調べることもせず行ったのです


だってなんてったって

ピカソがいっぱいですからキラキラ

ピカソが充実している西海岸の美術館といえば

 

最近のアメリカの美術館は

入場証がシールなんですね

サンディエゴもそうだった

嬉しくてまだスマホに貼ったままです笑


ピカソのコレクションは圧巻

人生で初めてあんなにたくさんのピカソに囲まれたお願い



ぴかそぴかそぴかそぴかそぴかそぴかそぴかそ!!!笑



私はきっとピカソの描くいろいろな「線」が好きで

一つ一つの絵を鑑賞したあと

部屋の中央でもう一度見回してみると

一枚一枚観た時とはまた違った線の感じ方になる


もう一度言うけど、圧巻

さすがLA👍ウインク

ほぼ通り過ぎただけのLAでしたが

らくまで大満足ほっこり

そうして南へ南へ。。。

 

心が震える物語を読みました

 

 

私は読んだのは↓の文庫版です

いつもはサウナの中で読みますが

嵌ってしまうと持ち歩いてあっという間に読んでしまいます

 

 

月末の忙しい最中だったけれど止められなくて

上下巻あっという間に読んでしまった

 

〜あらすじ・内容(Amazonより)〜

俺たちは踊れる。だからもっと美しい世界に立たせてくれ! 
極道と梨園。生い立ちも才能も違う若き二人の役者が、
芸の道に青春を捧げていく。
芸術選奨文部科学大臣賞、中央公論文芸賞をW受賞、
作家生活20周年の節目を飾る芸道小説の金字塔。

1964年元旦、長崎は老舗料亭「花丸」――侠客たちの怒号と悲鳴が飛び交うなかで、この国の宝となる役者は生まれた。男の名は、立花喜久雄。任侠の一門に生まれながらも、この世ならざる美貌は人々を巻き込み、喜久雄の人生を思わぬ域にまで連れ出していく。舞台は長崎から大阪、そしてオリンピック後の東京へ。日本の成長と歩を合わせるように、技をみがき、道を究めようともがく男たち。血族との深い絆と軋み、スキャンダルと栄光、幾重もの信頼と裏切り。舞台、映画、テレビと芸能界の転換期を駆け抜け、数多の歓喜と絶望を享受しながら、その頂点に登りつめた先に、何が見えるのか? 朝日新聞連載時から大きな反響を呼んだ、著者渾身の大作。

 

読書は読書メーターに記録しているのですが

この読後感をどう言葉にしたら良いのか

感動が大きすぎて何日も考えました

でも十分な言葉は思いつきませんでした

 

まず上巻では圧倒的な「青春」を観せられた気分でした

泥臭さ、汗臭さ、生臭さ、楽屋のお化粧の匂い、

昭和の繁華街や路地裏の匂い、、、

いろんな匂いが文章から立ち上ってきて

その匂いを認知すると途端にパッと情景が浮かぶ

 

懐かしくて切なく思うは

淘汰された昭和の生き様か

 

登場人物の全員が主人公で全員を応援したくなる

喜久雄と俊介以外の登場人物にも

その全員にしっかりとそれぞれのドラマがある

みんな、頑張れ、最後まで人生を走りきれ、

と祈りながら下巻に進み、、、

 

そして下巻では芸の世界に生き芸の道を歩む人の生き様

それを囲む人たちの生き様を魅せられました

 

とても感動した物語だったのでAudibleでも聴きてまた感涙

ナレーターは尾上菊之助

ホンモノの歌舞伎役者ですから

舞台のシーンなんてすごく臨場感があってAudibleならでは!

切ない場面は本当に胸が痛くなりました

私のBest of the yearとなりそうな上下巻あわせた一作

作者の労力に感謝します!

 

 

そして読み終えてから知った映画化の報せ!

主役に吉沢亮

そのライバル役に横浜流星

はい文句ありませーん笑

2人とも好きな俳優なので嬉しい♪

 

そして脇役の布陣も素晴らしくて嬉しい(≧∇≦)

 

今頃はもう撮り終えた頃でしょうか

来年の公開が待ち遠しくて仕方ないのであります(*^^*)

絶対お稽古に苦労しただろうな〜笑

この度は5ヶ月ぶりでございますねー

 

先げつ、私のいちばん大切な

ソラチくんの誕生日がありました!

5さいラブ

 

なのですがっ

なんとっ

そらちが足の骨を折ってしまい、、、

(キャットタワーから落ちた汗

入院→手術→自宅療養→回復(現在)まで

約2か月かかったのでした笑い泣き

 

そもそも

とても鈍臭い子なんです汗

おっとり君なのは本当に愛らしいところでもあるのですが汗

 

ある夜のトイレハイ

通称○ンチングハイの時に

ものすごい勢いでキャットタワーに登り

誤って落下してしまったという

なんともトホホの出来事でしたえーん

その夜は普通に歩いていたのでしばらく見守っていましたが

翌日になると足を引きずっていたので

すぐに病院へ連れて行ってからの

先ほどの

入院→手術→自宅療養→回復(現在)

という順でしたぼけー

 

わかりやすくポッキリでしたのでえーん

後ろ足にプレートを入れる手術をしました

 

image

ちなみに:

ソラチくんは保険に入っていたので

無保険だと総額約35万(入院+手術+その他諸費用)でしたが自己負担は約12万でした

これまでに支払っている保険料の総額を簡単に上回った金額でした。

 

退院後は和室で自宅療養

なぜ和室なのかというと

主治医からOKが出るまでジャンプ(特に着地)が禁止のため

高さのあるテーブルや椅子がない部屋かもしくはゲージに

隔離する必要があったのです。

ゲージだと出して欲しくて暴れてしまったりしたら

それも良くないからできれば部屋を用意してと言われたので

我が家の場合は和室がベスト

ここで私も2ヶ月寝泊まり(自宅だけど笑)しました

ソラチくんが手術後すっごく甘えたがったので

夜も一緒にいられるようにと思ったのです

おいたわしいぐすん
ここで2ヶ月ねー
足が自在に動かせるようになるまでは
用はトイレで足すものの
上手くできずにはみ出してしまうことがあったので
新聞紙やペットシートをしいていました

 

退院後は甘えっぷりに拍車がかかり

ずっと私にくっつきっぱなしでしたが

ソラチくんといつもとは違う濃密な時間も過ごし

互いの愛を再確認しました笑

この時はギプスはとれて毛も再生し始めていましたが

まだまだいたわしい;;;

 

常にずっとピットり

 

ソラチくんも私もお気に入りだったキャットタワーは

少しの名残惜しさはあったものの早々に撤去

ソラチくんに怪我をさせてしまったことは

頭を丸刈りにしたいくらい悔いていますが

例えばキャットウォークをもっと増やしたいとか

ソラチくんが喜ぶだろうなと思って

色々と考えていたこともあったので

一旦それらを考え直す良いきっかけでもありました

ソラチくんみたいな

のんびりおっとりで俊敏さのない犬っぽい猫には

必ずしも高い場所がいっぱいあることが

良いことではないのかも?

それよりもなでなでの時間や遊びの時間を増やしてあげたほうが

うれしいかなあ??

とか考えています

 
これは先月獣医さんに見せるように撮った動画
これで療養が解除になりました

ほらこの時も最後の方でコケてる;;;

 

今はすっかり回復して

元のテーブル占領猫に戻ることができましたラブ

 

どうしてこういう狭くてこちゃこちゃしたところが好きなものか。。。

 

 

さて

実は昨日は私の誕生日でもありましてねー

今年の自分へのプレゼントはこちら↓

画面の写真は去年行った西表島の海です
こうしているとまた行けるような気がするので♪
 
ずっと買おうかどうか迷っていたのですが
いよいよマラソンをするようになり
スマホをランニングパンツにくっつけて走るよりも
走りながら操作できるこっちの方が絶対いい!
となったので思い切って購入ですニコ
 
最近はこのApple WatchとiPodsをつけて
Audibleを聴くようになりました!
ついこの前なんて
走りながら
もう私も選手と一緒に走りながら泣いてたし笑い泣き
泣きながら走るオバサンこわいよね笑
 

そして実はですねー

人生初のマラソンレースデビューが実は12月に控えておりまして

それはこちらですおーっ!

 

77歳の伯母と一緒の参加です!

 

本当は私こっち↓の方が興味あったのですが笑

伯母が上の方がいいと言ったのでねー

holiday marathonの方のゴール地点が

私たちが滞在する家の目の前なのです〜ニコ

スタートもそこからバスに乗って運ばれる

 

私の初めてのアメリカは

高校生の時この場所でした

人生の振り返りも兼ねて

(そんな余裕は走っている間はないでしょうが笑)

楽しんできたいと思います!!!

祖母が亡くなりました。

99歳でした。

今週、無事に四十九日の法要を済ませることができました。

 

家庭環境はいろいろとありすぎるので端折りますが

私の人生の中で

最も一緒に暮らした時間が長いのが

おそらく祖母で

次に母がそれに追いつくかどうかというところです

 

まだ母子家庭だった頃

母は昼夜働いていたので

毎晩祖母の家で過ごしました

 

当時はまだ自宅にお風呂がない家も多い時代で

祖母の家もそうでした

それでも祖母が大の風呂好きだったおかげで

毎晩銭湯に連れて行ってもらえた分

私は恵まれていたと思います

(今は別の意味で毎晩銭湯は贅沢ですが笑

地域差もあるかと思いますが

当時はだいたい2~3日に1回の銭湯通いが普通で

毎晩銭湯は単に贅沢でした)

 

銭湯の後は50円以下の

アイスがジュースを買ってもらえました

 

夜風に体を涼ませながら

祖母とふたりで

「へっちゃぱいのぱい」という

ふたりオリジナルの歌を歩きながら歌いました

「おばあちゃんなんて

真面目に生きて生活しているから

恐いものなんてなんにもない!

へっちゃぱいのぱーいだよ!」

という祖母のことばから派生した

オリジナルソングです笑

 

祖母が90を過ぎて

大きくなった自宅にはそこそこ立派な

介護対応のお風呂もついたけれど

やっぱり祖母は銭湯が好きで

私が銭湯に連れていく役割でした

それを周囲の人は孫なのにえらいと褒めてくれたけど

どのみち私は毎晩サウナに入りに行くし

こどもの頃に祖母が私を銭湯に連れて行ったくれた回数には

きっと追い付かないだろうな

なんて思いながら喜んで二人で行っていました

 

去年の夏までは一緒に銭湯に行けていましたが

それも徐々に難しくなり

いよいよ在宅の入浴サービスに切り替えたあたりで

銭湯が「この世でいちばん好き」と言っていた祖母が

銭湯に行けなくなったのだから

私は「きっともう長くはなくなってしまったな」

と確信したのです

この世でいちばん好きなことができなくなる気持ちは

私にはまだ想像もつきません

 

それからまた祖母の状態にいろいろな変化があり

4月の上旬に肺炎で入院して以降

それまでなんとか自立を維持できたいた

移動や食事や排せつが自力では難しくなり

医師からは系列の病院か施設への入所をすすめられました

長くないことは祖母自身も含めてみんなが分かっていたし

正直そこの病院のケアには不満があったし

このまま病院で死なせたくはなかったので

私は母や伯母と話し合って自宅に連れ帰ることにしました

「この状態で自宅で看るのは無理ですよ」

と医師には言われましたが

自分たちの意向を通しました

 

実際、なまら大変でした笑

それもいろいろありすぎるのでまたまた端折りますが

自宅での完全介護が始まってから2週間で

祖母は旅立ちました

 

痴ほう症などの所謂「ボケ」はなかったので

亡くなる一週間前には自分から栄養点滴を断りました

「この点滴止めるとあと一週間くらいだけどいいのかい?」

と祖母に聞いたら

「もちろん、いいよ。」と言われたし

亡くなる二日前に水分も止めることにしたのも祖母の意思で

私たちはその意向に沿ったのです

 

点滴等をやめなければ

もう少し長く生きられただろうし

それを言うなら

病院に入れたままの方が

間違いなく長く生きられたことを考えると

ある意味私たち親子は

祖母を優しく殺したのかもしれません

 

でも本当にいい最後だったのです

寝ている間に穏やかに息を引き取りました

伯母も母も私も良い看取りができました

だから今日の今までも

悲しみに打ちひしがれることなく

みんなが晴れやかな気持で明るく過ごせています

私たちが悲しむ必要がない人生とその幕引きを

祖母がしてくれたのだと思います

 

我が家は3階建てで

この祖母が1階に暮らしていましたが

(両親が2階、私が3階です)

その祖母の居住スペースには

伯母が引っ越してきました

 

今思い返しても

祖母の看取りを通して

なんとも言葉にし難い濃密な時間でした

 

先ほども「悲しくない」と書きましたが

本当に悲しくないのです

 

祖母の人生はほんとうに苦労が多い人生でしたが

その苦労を乗り越えて自分を鍛え

子どもや孫を育てあげ

それなりに財を築き

好きな事や好きな物にこだわり楽しみ

自分の力で得た家で

家族に囲まれて

最後まで自分の意思で幕引きをした人生を思うと

家族として誇らしさはあれど

どこに悲しい要素があるのだろうと思えるほどなのです

 

ただ、「さみしい」とは思います

祖母に、もう会えない、という絶対な事実

そのさみしさしさだけは

むしろ味わい尽くさなければならないのでしょうね

 

祖母は本当に格好良かった

厳しくておっかないおばあちゃんだったけれど

私を勇気づけるのも笑わせてくれるのも

それから

本当にお金に困った時に

どーんと気前よく出してくれるのも

家族に問題が起こった時に最後に締めてくれるのも

我が家は男性ではなく祖母でした

 

そんな祖母が残してくれた家で

「祖母のことが落ち着いたからようやく海外にも行けるね」

一緒に住み始めた伯母と私は久しぶりの国外脱出計画を画策中です笑

 

 

 

 

ありがたいことに

ブログのみの交流と言えど

十年に渡って交流させてもらえている方が数名いらっしゃっいます

 

Azoちゃんもそのお一人で

長いブログでのお付き合いをさせてもらっています

最初にブログにお邪魔したときは

まだNYで学生をされていました

当時私は、NYが恋しくて恋しくて(今もだけど笑)

NY情報のアップデートと

恋しさを慰めるために

NY在住の人が書いているブログで

「この人好きかも~!」と思うブログをフォローさせてもらっていて

その中で最もヤングだったのがAzoちゃんなのです

 

その後また違う場所でPh.d過程に邁進されていた時を経て

今も時々更新されるブログや

いただくコメントが心弾ませてくれる女性の一人です^ ^

 

Azoちゃんとは

①理系の博士

②サイエンスでアートする仕事をしている

 (たぶんレーザー使いの魔術師だと思う!笑)

③バレリーナ!

 (移動が多い人生なのにどこに行っても踊ってる!笑)

 

Azoちゃんが紹介してくれた本はいつも面白いし

私もバレエ大好きだし(専ら鑑賞派です笑)

なにより科学者に向かって邁進していく姿勢や

丁寧な人生の歩み方をいつもリスペクトしています

 

そんなAzoちゃんが始めたPodcast

英語でサイエンスしナイト

最近帰国した研究者👩‍🔬と、なかなか帰国出来ない帰国子女🐣👩‍🔬による、

ほぼ英語・時々日本語・サイエンスadjacentなゆるゆるポッドキャスト🎧🎙️ 

フリー英語教材として使って頂けると喜びます♪byチャンネル紹介文

 

アカデミックな世界(特に理系笑)に全く縁のない私でも

その世界は好きだし

そもそも英語とかアートとかバレエとか読書とか

好きなものの共通項が多いのもあるし

最近ではいろいろゲストの方もいらしてたりして

それもまた面白い!

(因みに最近の私個人のツボは鰻のバケーションベイビーズでした笑

グアム沖でギラギラのバキバキになってぱーりーする鰻たちって笑)

 

とにかくコンテンツがいろいろ面白いのよ!

って言っちゃったらなんだか

面白いの連呼で雑な紹介な感じするけど(^◇^;)

でも!!!

とても魅力的なAzoちゃんのがやっているチャンネルなので

Azoちゃんのように長きに渡って交流してくださっている他の方にもお伝えして

もし楽しんでもらえれば嬉しいなと思って書きました♪

 

最後にAzoちゃん

勝手に一方的に紹介しておきながら

下手くそでなんだかとてもカジュアルな紹介でごめんなさい(^◇^;)m(_ _)m