2025年も多くの出来事があった。
新しい取り組みもあれば、思うようにいかなかったこともある。
今年を一言で総括するとしたら、
「本当の意味で“手放す覚悟”を持てた一年だった」そんな言葉がしっくりくる。
すべてを背負う経営から、選び取る経営へ
長い間「自分が前に立ち、判断し、背負う」ことが経営者の役割だと思ってきた。
もちろん、その姿勢が必要なフェーズもある。
創業期や危機の時には、経営者が前に立たなければ組織は進まない。
しかし30年を超える時間を経て、2025年ははっきりと感じた。
「全部を抱え続けることは、もはや組織のためにならない」と。
事業においても、人においても、そして自分自身の役割においても「やることを増やす」のではなく「何を自分の手から離すのか」を考える一年だった。
拡大ではなく、再定義の一年
外から見れば、今年も新しい挑戦をしているように見えたかもしれない。
台湾との協業、事業モデルの見直し、プラットフォームとしての立ち位置の再考。
だが、自分の中では明確だった。
それは拡張ではなく再定義だった。
これまで当たり前だと思っていた前提を疑い「本当にこれは今の時代に合っているのか?」「自分がやるべきことなのか?」そう問い続ける作業だったように思う。
結果として、いくつかのことは手放し、いくつかの役割は次の世代に委ねた。
その決断は簡単ではなかったが後悔はない。
任せることで、組織は生き生きする
象徴的だったのは、日常の現場判断や社内イベントのタイミングだ。
今年は若いメンバーが前に立ち、考え、動く場面が明らかに増えた。
自分は口を出さない代わりに、頼まれたら全力で協力する。
そのようにスタンスに変えただけで、場の空気が変わるのを感じた。
経営者が一歩引くことで、社員は驚くほど主体的になる。
頭では理解していたが、心底腑に落ちたのが今年だった。
書き続けたことが、すべてをつないでいた。
もう一つ、2025年を語るうえで欠かせないのが「発信」だ。
毎週書き続けてきたブログ、キャッチナウの配信、そして書籍の出版。
改めて思う。
これらは何かを狙って積み上げたものではない。
ただ「考えたことを言葉にする」ことを続けてきただけだ。
それでも、振り返ってみると、人との出会い、仕事の縁、そして自分自身の思考の整理。
そのすべてが、この発信の延長線上にあった。
発信は、自己表現ではなく、自己理解のための行為なのだと、今年は強く感じた。
成熟とは、増やすことではない
若い頃は、売上を伸ばすこと、組織を大きくすること、影響力を広げること、それらが「成長」だと思っていた。
だが今は違う。
成熟とは、何かを増やすことではなく、「何を手放し、何を残すか」を決められることなのだ。
2025年は、その感覚を初めて自分のものにできた一年だった。
来年は、おそらく今年ほど派手な変化はないかもしれない。
しかし、確実に次のフェーズへ向かう準備は整った。
そう感じながら、この一年を静かに締めくくりたい。