先日、ふと思い立ってスマホの中身を整理した。
きっかけは、ごく些細な「デトックス」のつもりだった。
使っていないアプリを消し、契約しているサブスクリプションサービスを見直す。
すると、思わず笑ってしまうほど多くの「無駄な契約」が残っていた。
動画配信サービス、学習系アプリ、エンタメ系のサブスク。
「初月無料」に惹かれて登録し、そのまま解約し忘れているもの。
「そのうちまた観るだろう」と思いながら、何ヶ月も、時には一年以上まったく触れていないもの。
中には、毎月課金されているものだけでなく、年間で見るとかなりの金額になっているものもあった。
正直に言えば、「なぜ今まで気づかなかったのだろう」というより、「なぜ見て見ぬふりをしてきたのだろう」という感覚に近い。
サブスクは「使われないこと」を前提にしている?
整理を進めるうちに、ある疑問が浮かんできた。
サブスクリプション・ビジネスは、実は“使っていない人”によって支えられているのではないか?
もちろん、ヘビーユーザーもいる。
しかし、
- たまにしか使わない人
- ほとんど使っていない人
- 完全に休眠している人
こうした人たちが一定数存在することを、サービス提供側は最初から織り込んでいるのではないか。
これは批判でも告発でもない。
ただ、ビジネスモデルとして見たときに、あまりにも合理的なのだ。
人は「解約しない」のではなく、「解約できない」
なぜ、使っていないのに解約しないのか。
理由はいくつも思い当たる。
- 解約手続きが面倒
- また使うかもしれない
- せっかく契約したのだから
- 学習系だから「自分のためになるはず」
冷静に考えれば、どれも合理的ではない。
しかし、人間は常に合理的に行動するわけではない。
むしろ、人は合理的に考えているつもりで、非合理な選択を積み重ねているという方が実態に近い。
サブスクは、その「弱さ」や「揺らぎ」に、非常にうまく寄り添っている。
「初月無料」という魔法
特に象徴的なのが「初月無料」という仕組みだ。
加入時にはコストがかからない。
だから判断は軽くなる。
しかし、1ヶ月後には立場が逆転する。
- 継続する → 何もしなくていい
- 解約する → 行動しなければならない
人間は基本的に「何もしない」選択を好む。
結果として、無料期間は“解約しない人を選別する装置”として機能する。
これは偶然ではなく、設計だ。
これは搾取なのか?
では、サブスクは「悪」なのか。
そうは思わない。
価値を感じて使い続けている人も多いし、定額制だからこそ挑戦できる体験もある。
ただし、同時にこうも思う。
人間の非合理性を前提にしたビジネスは、使い方を誤れば、気づかぬうちに人の自由を奪う。
解約しづらい設計。気づかせない仕組み。思考停止を誘うUI。
それらは合法であり、効率的であり、そしてとても静かだ。
サブスクは「未来の自分」への課金装置
今回のデトックスを通じて、一番しっくりきた表現がある。
サブスクとは、「未来の自分」に期待してお金を払う仕組みなのではないか。
- 未来の自分は、きっと学習する
- 未来の自分は、時間を作って観る
- 未来の自分は、今より意識が高い
しかし、その未来はなかなか訪れない。
それでも人は、「解約=可能性を捨てること」のように感じてしまう。
だから、払い続ける。
デトックスは、意思を取り戻す行為
今回、いくつものサブスクを解約した。
正直、少しだけスッとした。
金額の問題だけではない。
「自分で選び直した」という感覚が残ったからだ。
私たちは、思っている以上に選んでいるようで、選ばされている。
だからこそ、時々立ち止まり、「これは本当に今の自分に必要か?」と問い直すことが大切なのだと思う。
最後に
サブスクリプション・ビジネスは、人間の非合理性を巧みに利用した、非常に洗練されたモデルだ。
そして同時に、その非合理性に気づいた瞬間から、私たちは少しだけ自由になれる。
デトックスとは、節約ではない。
思考の主導権を取り戻す行為なのだ。