うちの両親はまだまだ元気だ、父88歳、母85歳。
二人ともいまだに働いているし、胃腸が丈夫で食も細くならない。
年齢を考えれば奇跡のような健康ぶりだと思う。
そんな両親からの「相談」
先日、実家に帰ったときのことだ。
母が少し改まった顔をして口を開いた。
「お墓のことだけど、この辺りに買うか都心のマンションみたいなお墓にするか、そろそろ決めたいと思ってね」
思いがけない相談に一瞬言葉を失った。
要は、実家の近くにお墓を構えると家族の墓参りが大変になるかもしれない、だったら都心の集合型のお墓の方が後々便利じゃないかと両親が考えていたようだ。
「二人はどうしたいの?」と問い返すと、母は「お前の意見が聞きたい」と言う。
正直に「この辺りでいいと思う。土地もあるし帰省ついでにお参りもできる」と答えた。
すると、それまで黙っていた父が口を開いた。
「やっぱりこの辺りがいいな。都心のマンションタイプじゃ、なんだか味気ない」
母も少し安心したように、「じゃあ、この辺で探そうかね」と頷いた。
胸の奥にずしんと重いものが落ちた。
両親が元気でいてくれることは本当にありがたい。
しかし、どうしても避けられない「終わり」の準備を、彼らは静かにそして確実に意識しているのだ。
きっと二人は、不安を抱えていたのだろう。
「いつ、その時が来るか分からない」
だからこそ、子どもである自分に相談を持ちかけてきたのだと思う。
気づけば自分も還暦を過ぎた。
将来のことを考えなければならない年齢に差し掛かっている。
だが正直、墓のことまではまだ深く考えたことはなかった。
両親からの相談を通して、改めて「命には限りがある」という当たり前の事実を突きつけられた気がする。
親の死や病を想像することは、やはりつらい。
受け入れたくない気持ちが先に立つ。
けれど、いつか必ずやって来る。
だからこそ、できるだけの親孝行をしてあげたい。
面と向かって「ありがとう」と言うのは照れくさい。
だが時間には限りがあるのだから、今できることを一つひとつ重ねていくしかない。
両親の相談を受けてから、一層強く思った。