朝、ニワトリの鳴き声で、いつもより早く目が覚めた。

昨日のモヤモヤイライラが二日酔いのように残っている。

三男のことだけでない、その後にあった別のことも、さらにモヤモヤイライラに輪をかけている。

 

まだ二日酔いの方がいいな。

 

子供たちが起きだす。

三男の顔をしっかり見られない。

なんか昨日に続き何か言いそうになるから。

 

双子を送っていく車の中。

黙っている三人。

なんとなくいつもと違う雰囲気が朝から漂う。

 

うーん、なんか俺、いかんな。

 

それでもいつも通り送る。

 

行きと帰りの車の中で考える。

 

三男に考えるなって言ったけど、これでいいのかな…。

 

・・・・・・・・

夕方。

双子が帰ってきた。

 

三男に聞く。

 

先生にわからないこと聞いた?

 

「…」

 

聞いてないのかよ。

もうパパで説明できないことは先生に聞くように言ったじゃん。

 

いかん、いかん。またイライラしそうだ。

 

わかったから?

 

「うん」

 

なんだよ、あんなに悩んでたのに。

拍子抜けだ。

 

あのさ、パパ考えるなって言ったんだけど、そう約束してもどうしたって考えちゃうじゃんか。

 

「・・・」

 

だからさ、もう気が済むまで考えていいよ。

だけど、もうこれ以上考えてもわかんないっていうときは、先生にすぐに聞くようにしてね。

 

もう、パパ降参だよ。

そうしていいよ。どうせ考えるんだから。

もう、パパには無理だ。

 

「…、うん」

 

この敗北感。

でも、肩の荷が下りた感もある。

 

ふと思い出した。

長男と妻の、やはりこれも勉強のやりとりだ。

 

もう7年も8年も前のこと。

妻が、小学生の長男に勉強を教えていた時のこと。

1年生の頃からずっとだった。

どんなに丁寧に教えても理解しないし、何度教えても自分勝手のやり方を直そうとはしない。

そしてそれをしっかり教えようとすれば、泣くわわめくわ30分も1時間もギャーギャー言っていた。

 

もう手に負えなくて、それで4年生の終わりから“塾”というアウトソースに長男を預けた。

長男の学力のことは横に置き、なにより、妻の顔にほっとした感が出たのがよく分かった。

 

苦労していたんだな。

 

その時そう思った。

本人も、これ以上勉強教えてたらもう壊れていたかもというくらいだった。

 

その気持ちが今よくわかる。

ほんと、壊れそうだ。

 

偶然にも時期がちょうど長男と同じ4年生。

長男みたいに泣いたりわめいたり、そういったたいへんさではないが、どこかのタイミングでアウトソースすることも考えないとな。

アウトソースは子供の勉強だけじゃなくて、仕事なんかもそうなんだけどね。

 

ほんと、上手にお願いしないと、自分つぶれちゃうよ。

 

なおそんな長男君。今はなかなかどうして、(できているかどうかわからないけど)しっかり自分で黙って勉強している(いつも社会科系ばっかりだけど)。

 

ちゃんとそうなるんだよな。

だから三男もそのうちに、あんなことあって大変だったんだからねっていうときが来るんだろうな。

長い目、長い目。

 

そんなこと考えた、今日の“降参”なのでした。