今回の原発事故もソニーの個人情報流失も、問題の本質は「想定外」ということ。

何かを設計する場合(ハードに限らずソフトについても)もちろん色々なことを”想定”する。
要求された仕事をこなす設計はもしかしたらそんなに難しいことではない。
難しいとすると、その製品の使用環境や使われ方などを”想定”することではないだろうか?

某ゲームソフトの開発会社では、多くのプレーヤーを従業員として雇っている。
何をしているのかというと、ひたすら壁に激突するということを繰り返したりして、ソフトにバグが
ないかを検証している。プレーヤーがどのような行為をするのか…多分ソフトの開発者ですら
読みきれないのだろう。

残念ながら人間の想像力なんて、高が知れている。
その限られた能力をフルに活用してなんとか設計をするのだが、
やはり”想定外”のことは常に起きる。

それを乗り切ることでさらなる進化が得られるのかもしれない。
ただ、その代償は計り知れなく大きい。

東電や日本の原発関連企業、今回のソニーや昨年のトヨタなど
多くの企業や団体、個人などが常に想定外の試練にさらされている。
想定外の事象で自分自身が傷つくのは致し方ない。どれだけの傷を負ったかで
その人のグレードが決まってくる、という要素もある。
ただ、その裏に被害を受けてしまった多くの人たちがいることを忘れてはならない。

想定外の事象で多くの人に傷を負わせてしまった人が、とれる唯一の方策は、
その困難を乗り切り、より完璧なものに近づくことであり、二度と同様な事象で
被害をださないこと。それだけである。

そう考えると、クレーン車の自己で幼い命を奪ってしまった運転手は許される存在ではない。
同じ失敗を、それも想定される失敗を繰り返しているのだから…