未来を変える議論をしよう/茂木健一郎
読了
茂木氏の本はなかなか手強いのだが、これはすんなりと読めました。
私も漠然と思っていたことだが、日本の社会というか、普通に生活している
場では「議論」をするシチュエーションって皆無に等しい。
会社での会議にしても「議論」にはならない。
なぜなら、多分、普段が色々なことについて深く考察する努力をして来なかった
からだろうと思っている。
私は、パソコン歴は長い。
「パソコン」という名すらなかった頃から使っていた。
現在の「パソコン」について、「パソコンとは、つまるところ何するものぞ」と質問されたなら
・手軽にシミュレーションできるマシーン
・新たなコミュニケーション手段
という2つを挙げるだろう。
インターネットがずいぶん前から持てはやされているが、大切なことは、「インターネットの仕組み」
にはない。インターネットというトンネルの両入り口(or両出口)に"人"が存在することである。
インターネットが無ければ、絶対に接点なんて無かった人どうしがインターネットでつながる。
これにものすごい可能性を感じる。まぁ、これは「パソコン通信」時代から感じていたことでは
あるが...今時「パソコン通信」が通じる人もいないだろうが...
でそのインターネット上の掲示板などで、私自身初めて「議論」を体験したように思う。
まともな議論に発展するケースは少ないかもしれないけどね。
本とは、仕事上でも議論したい。
「会社をよりよくするためには何が必要か?」
「よりよい"家"づくりについて」
「働くとはどういうことか」
いくらでもテーマは出てくる。
この本の中で面白かったところは、茂木氏が自身が切れた瞬間について告白している部分
「『なんだ、お前、ふざけんじゃねえ!』と。いま思うと大人気なかったと思います。」(p61)
また、「義憤」という言葉もこの本で始めて認識した。
「このように、ぼくは定期的に爆発することがあるの
ですが、実は私憤で切れたり爆発したことはないと
思っています。まず根底に義憤がある。たとえば自分
自身のことを馬鹿にされたり貶められたりすることは
どうでもいい。」(p62)
「ぼくは、爆発することで、相手の度量やパッション
を試しているところがあるように思います。自分の存
在や人格をかけた闘いができる相手かどうかを、爆発
することで見極めようとしているのかもしれません。」(p63)
私にも経験がある。
以前勤めていた建築会社で、新しく一級建築士が入社してきた。
その建築士は「年配」とまでは行かないにしても、建築業界歴は長く
なんと行っても一級建築士ホルダー。プライドは高い。
会議とか打ち合わせなどでも一般論を語られると、ひとしきり語る。
私も、なかなか"出来る人"だなと思っていた。
あるとき、その会社の社運を掛け、新しいモデルハウスを構築し
プロモーションを行っていくプロジェクトが始動した。
プロジェクトにその一級建築士と私も入っていた。
今度は「一般論」ではだめ。その理論を具体化させなければならない。
ちょっと意地悪な私は、わざとメインから一歩さがって、その一級建築士に
主導権をとらせてみた。別な要件を盾に会議をすっぽかすこともやった。
最終的には、チラシを作りホームページを立ち上げプロモーション活動を
スタートさせることになるのだが、その実務面は私の得意とするところなので、
チラシやHPの作りこみは私に回ってくることが予想された。
実際に作りこみに入らなければならない段階にきて、フタを開けてみたら、
期待に反して全く内容がない内容となっていた。
まぁ、一級建築士なんて、その肩書きで生きてきたようなもので、
「新商品の開発」なんてやったこと無いだろうし、
もちろん私だって本格的にプロモーションのやり方なんてならったわけではないが、
小さな会社であれば、「商品企画室」なんて部署あるわけ無いから、
少ない社員が掛け持ちでやるしかない。
やり方がわからなければ、本やネットで情報収集して、あとは無い知恵絞って
自分で考えるしかない。
それすらしていない一級建築士に、皆がいる会議の場で私が切れた!
「結局、私に丸投げか!」ってね。
半分、本当に切れたのだが、半分はわざと。
その一級建築士が反論してくるのか、引き下がるのかを見てみたかった。
これも期待はしていなかったが、簡単に引き下がられてしまい、残念に思ったことはある。
ぜひ、取っ組み合いの議論(喧嘩ではないよ。)をしてみたいものです。
「脱藩」という話しも面白かった。
どうしても私達は色々な"枠"内で生活しなければならない。
常にというわけではないが、脱藩は必要なのだろう....
最後に一番気に入った話しとしては、事業仕分けの中でスーパーコンピューターのところで、
「一番を目指さなければならないのか?」というテーマがあった。
あれに対する茂木氏の反論
「世界一を目指すことは、未知の領域を目指すことで
す。2番というのはすでに知られている技術を用いれ
ばいいのですが、未知の領域に到達しようとするならば、
技術革新が必要です。この未知の領域を目指すための
技術革新こそが重要なのです。」
これには、誰もが納得するだろう。
私にとっては感動すら覚える回答です。さすがです。
読了
茂木氏の本はなかなか手強いのだが、これはすんなりと読めました。
私も漠然と思っていたことだが、日本の社会というか、普通に生活している
場では「議論」をするシチュエーションって皆無に等しい。
会社での会議にしても「議論」にはならない。
なぜなら、多分、普段が色々なことについて深く考察する努力をして来なかった
からだろうと思っている。
私は、パソコン歴は長い。
「パソコン」という名すらなかった頃から使っていた。
現在の「パソコン」について、「パソコンとは、つまるところ何するものぞ」と質問されたなら
・手軽にシミュレーションできるマシーン
・新たなコミュニケーション手段
という2つを挙げるだろう。
インターネットがずいぶん前から持てはやされているが、大切なことは、「インターネットの仕組み」
にはない。インターネットというトンネルの両入り口(or両出口)に"人"が存在することである。
インターネットが無ければ、絶対に接点なんて無かった人どうしがインターネットでつながる。
これにものすごい可能性を感じる。まぁ、これは「パソコン通信」時代から感じていたことでは
あるが...今時「パソコン通信」が通じる人もいないだろうが...
でそのインターネット上の掲示板などで、私自身初めて「議論」を体験したように思う。
まともな議論に発展するケースは少ないかもしれないけどね。
本とは、仕事上でも議論したい。
「会社をよりよくするためには何が必要か?」
「よりよい"家"づくりについて」
「働くとはどういうことか」
いくらでもテーマは出てくる。
この本の中で面白かったところは、茂木氏が自身が切れた瞬間について告白している部分
「『なんだ、お前、ふざけんじゃねえ!』と。いま思うと大人気なかったと思います。」(p61)
また、「義憤」という言葉もこの本で始めて認識した。
「このように、ぼくは定期的に爆発することがあるの
ですが、実は私憤で切れたり爆発したことはないと
思っています。まず根底に義憤がある。たとえば自分
自身のことを馬鹿にされたり貶められたりすることは
どうでもいい。」(p62)
「ぼくは、爆発することで、相手の度量やパッション
を試しているところがあるように思います。自分の存
在や人格をかけた闘いができる相手かどうかを、爆発
することで見極めようとしているのかもしれません。」(p63)
私にも経験がある。
以前勤めていた建築会社で、新しく一級建築士が入社してきた。
その建築士は「年配」とまでは行かないにしても、建築業界歴は長く
なんと行っても一級建築士ホルダー。プライドは高い。
会議とか打ち合わせなどでも一般論を語られると、ひとしきり語る。
私も、なかなか"出来る人"だなと思っていた。
あるとき、その会社の社運を掛け、新しいモデルハウスを構築し
プロモーションを行っていくプロジェクトが始動した。
プロジェクトにその一級建築士と私も入っていた。
今度は「一般論」ではだめ。その理論を具体化させなければならない。
ちょっと意地悪な私は、わざとメインから一歩さがって、その一級建築士に
主導権をとらせてみた。別な要件を盾に会議をすっぽかすこともやった。
最終的には、チラシを作りホームページを立ち上げプロモーション活動を
スタートさせることになるのだが、その実務面は私の得意とするところなので、
チラシやHPの作りこみは私に回ってくることが予想された。
実際に作りこみに入らなければならない段階にきて、フタを開けてみたら、
期待に反して全く内容がない内容となっていた。
まぁ、一級建築士なんて、その肩書きで生きてきたようなもので、
「新商品の開発」なんてやったこと無いだろうし、
もちろん私だって本格的にプロモーションのやり方なんてならったわけではないが、
小さな会社であれば、「商品企画室」なんて部署あるわけ無いから、
少ない社員が掛け持ちでやるしかない。
やり方がわからなければ、本やネットで情報収集して、あとは無い知恵絞って
自分で考えるしかない。
それすらしていない一級建築士に、皆がいる会議の場で私が切れた!
「結局、私に丸投げか!」ってね。
半分、本当に切れたのだが、半分はわざと。
その一級建築士が反論してくるのか、引き下がるのかを見てみたかった。
これも期待はしていなかったが、簡単に引き下がられてしまい、残念に思ったことはある。
ぜひ、取っ組み合いの議論(喧嘩ではないよ。)をしてみたいものです。
「脱藩」という話しも面白かった。
どうしても私達は色々な"枠"内で生活しなければならない。
常にというわけではないが、脱藩は必要なのだろう....
最後に一番気に入った話しとしては、事業仕分けの中でスーパーコンピューターのところで、
「一番を目指さなければならないのか?」というテーマがあった。
あれに対する茂木氏の反論
「世界一を目指すことは、未知の領域を目指すことで
す。2番というのはすでに知られている技術を用いれ
ばいいのですが、未知の領域に到達しようとするならば、
技術革新が必要です。この未知の領域を目指すための
技術革新こそが重要なのです。」
これには、誰もが納得するだろう。
私にとっては感動すら覚える回答です。さすがです。
