いつも お風呂の時間に
湯船に入ると
水の粒子たちが こぞって囁きます。
『どれだけ ジブンのこと大事にしてないかわかってるの??』と。
大事にはしていますが、そうにもいかない時もあります、、。
お風呂の時間は
私にとって
「私」に戻ることのできる貴重な時間なのですが
湯船に入ると
身体の水分という水分が
湯の清らかな光に共鳴して
鳥肌を通り越し
同化しようとする感覚になり
身体全体が 波打つようになります。
また 壊れかけた細胞壁の修復も始まり
おなかをぐるぐると回されたり
昔の事故の傷のまわりを チクチクとしながら
今日の一日で 疲労や損傷から
薄黒くなった粒子を
元に戻す作業のようなことが行われます。
まぁ、
こんな風に感じるのは
私自身の
これまでの様々な学びや思考からでもあります。
私は 小さな頃、
保育園にも入れないベビーブームの子供でしたので
絵本が「友達」のように過ごしていました。
『小人の靴屋 」
『猿蟹合戦』
『安寿と厨子王』
『てぶくろ』
『ぐりとぐら』
など 数えきれない様々な絵本が
友達のようにいつも一緒だったので
自分のまわりに 存在する「すべて」と
知らず知らず 語り合うのは
当たり前となっておりました。
大人として 科学的に
入浴とは
心身の疲労を和らげ 血行を促進し
緊迫した筋肉の緊張をほぐし
全身から生まれた老廃物を解き放ちやすくするためなのかもしれませんが、
私には
水の粒子が
人間の身体の粒子も
「同じ光」宿すものととらえ
水の粒子は自らの存続などこだわらずに
無垢なる光へと導いているように感じています。
疲れた身体で 湯船に入ると
美しい水の粒子は
身体の澱みを昇華しながら
キラキラと輝き
湯船には その「名残り」が残ります。
たぶん、皆さまも
誰かが入った後のお風呂が
あまり「綺麗じゃない」と思ったことがあるかもしれませんね。
これは
前に入った方が
お風呂に入って
とても リフレッシュできた証でもあります。
もし、誰かの後の入浴で
なんだか ドロドロした湯船、と感じたときは
まずは、桶などで
「ぐるぐる」かきまぜてみてください。
そして
ご自身の気持ち良い温度か確かめながら
水を少し足したりしながら
入浴なさってみてください。
また、
そんな手間が大変、と思う方は
粗塩や酒粕塩、ブラックソルトなど
ミネラル豊富な塩を 手のひら一杯くらい、
優しく、入れてかきまぜてあげてください。
塩の粒子は
長い年月を経て
地球の様々な変化を学ぶために
生成された結晶ですので
人間の疲労は 「新たなる叡智」としてとらえ
吸収します。
そして 無垢なる結晶は その疲労を吸収して
「存在」する役目を果たし 溶けて消えていくのです。
話が逸れましたが
水の粒子が
さんざん、私に
「身体も水からだよー!」と言いながら
細胞壁のあちらこちらに
「癒し」の光を放ってくれました。
いつも、水の「浄化」が終わると
水が お布団のようにぴっちりとくっついていたのが
ふわり、と
空気のようになるのです。
これは、どなたかも 一度は感じたことがあるかもしれません。
お風呂の歴史は長く続いて 今に至りますが
お風呂に入れば良い、というものではありません。
あなたの大切な身体を
無垢なる光の粒子の水と共に
あなた自らが癒してあげられる
貴重な時間でもあるのです。
様々なお疲れを「水に流す」お風呂は
明日を迎え 未来を生むあなたへ
「奇跡」すら 当たり前ではなくなることを
知らせてくれることでしょう。
紅葉
