世の中にあまり知られていないのが、企業や団体における横領(Embezzlement)の犯罪の多さです。日本では3億円事件という未解決事件が有名ですが、それを金額的に遥かに上回る犯罪であってもあまり世の中には出ず、犯罪がわかっていても法的な追及がいかないケースが多々あります。そして世の中の犯罪者の中で最も罪悪感を感じていないと感じるのがこの犯罪です。そして遺産相続に関するケースでも同様の状況が見られます。

 

いい加減な帳簿は犯罪を呼ぶ

私は過去犯罪調査(Forensic Investigation)で損害額の調査に関与したことがあります。私が知っている犯罪のケースだけでも10件ほどありますが、ほとんどすべての場合は帳簿の改ざんがあり、更にはずさんな会計が背後にはありました。そして任せていた人がその犯罪に手を染めるということが共通した犯罪でした。遺産相続に関して親の財産の明細などに関する不信感がもめる原因になることが多々あります。親が死にそうになってからようやく弁護士や税理士に入ってもらうようでは手遅れなのです。弁護士や税理士はお金もかかるし、彼らが完璧に状況を把握しているかというとそうでないこともあります。第三者という中立性の価値はありますが、正確性に関しては微妙ですし、まともな事務所であれば正確性に関しては、Disclaimer(責任放棄)を契約内容に入れるようにしています。ではその帳簿の責任者は誰になるのかというと、それはStake Holderになります。会社の場合であれば株主、団体であれば団体会員、家族であれば遺族になるのです。親の財産の話をすることに関しては遺族としてはなかなかいいがたく、更にはまだ生きている間は自分の財産について知られたくないと感じている被相続人も少なくありません。聖書のマタイ19章にあるように資産にしがみついていると天に行くことはできないので、死に備え、自分の財産を明確にするということはだれしもがやっておくべきことです。

 

 

財産管理における貸借対照表の重要性

アメリカでは家計簿ソフトのQuickenが普及しているので多くの人が財産明細をつけています。そしてこのソフトは根底に会計のダブルエントリーがあり、個人レベルでの貸借対照表や損益計算書が出せます。日本ではどうでしょうか?会計士が犯罪調査後に帳簿を作り直す際にも通常はバランスシートアプローチ(貸借対照表アプローチ)といってまずは持っている資産をすべて書き出し、その法的な存在と価値を明確にします。更には金融機関や土地などの権利書、顧問弁護士などから債務を明確にします。左側にリストした総資産から右側の債務を差し引いたものが純資産になり、相続する対象の価値になります。相続の際にはこの帳簿の存在が何よりも重要になります。火災保険などにも活用されるので、家具、車、貴金属、美術品といった換金価値が高い固定資産に関しては写真をとっておくことや鑑定書などを入手しておくことも重要です。こういった貸借対照表(日本の家計簿ではない!)はなるべく早くに作っておく必要があります。というのも帳簿の正確性とはその帳簿の期首と期末が正確(差額が損益計算書になる)であることが前提になるので、被相続人が生きている間から財務諸表をStake Holderに公表してその正確性に関して全員が信頼を持っていることが重要になります。税理士、会計士以上に「帳簿に関する信頼」を得ることが重要で、期首が正確であれば期末の正確性を見出すことは素人でもできるので、最初に帳簿を作成する際に全ての資産と債務を明記して、それに関して全員が正しいと確認を取り、そこから毎年帳簿をレビューしていくという通常会社がやるような株主に対する財務報告が信頼につながるのです。大げさなように見えますが、最終的にそれが最も信頼できる状況を作り上げます。

 

アメリカでは毎年全ての人が確定申告をするので、会計ソフトと申告書をつくるソフトの大手が両方ともIntuitだったりするので、多くの人が自分の貸借対照表(バランスシート)を知っています。それ故に個人レベルの経営方針としてクレジットカードを含めた多額の債務を意図的に作る人もいます。このソフトを活用して経営と同じような観点で自分の資産管理ができます。自分の土地などをもとに生活費を得るといったリバース・モーゲージもその発想から来ています。会社が倒産する際にはその間際におきた取引などの合法性(不当に特定の債務者を優位にしていないか)を裁判所が見るので、帳簿があれば、被相続人が死ぬ直前に実施した資産の移動に関して何らかの不当性を主張することもできます。だから帳簿をもっていれば前回説明した不要な(平等性)に関する問題を回避できるのでなるべく早くから帳簿をつけておくことが重要です。

 

財産分与に関する合意

財産分与に関しては最終的に遺族全員が納得をするというのがそのゴールになります。遺書に何がかいてあろうが、そこに法定相続人全ての「納得」があれば変にもめ事の種を残さずにすみます。「納得」には時間がかかることもあり、仮に被相続者が何らかの配慮をしたにせよ、前回述べた聖書にある人類最古の殺人事件であるカインとアベルの例のように感情的にリアクションから大きな犯罪に発展するということも少なくはないのです。それが故に、被相続人は遺書に記す際にその遺書の内容が示すことにおける遺族全員の「納得」ということを考慮すべきです。世の中で公開会社のように会社の財務状況や将来の予定などを明確に示した方がもめ事にならないのと同様に個人も、家族に対して会計ソフトなどを用いて貸借対照表、損益計算書などを公開しておくのが良いと思います。更には分配に関して法定の分配に従わない場合はそれに関して「納得」がいくまで話をすべきであります。

 

この分配が決まっていれば、それを財務諸表の資産―債務の残金に割り振って表示をすることもできます。それらの一部が所得税やキャピタルゲインになってしまう際の準備も相続をする側はできるのです。土地と流動資産を異なる相続人に分配する場合などはその記載も簡単になります(土地の分割は困難なので)。つまり分配も帳簿に載せてしまい、生前に既成事実としてしまえば死んだあとでもめなくてすむのです。死ぬ際にはきれいに財産整理をして、家族内のもめ事の種を決して残さないようにするのが重要です。

 

財産整理と家族の関与

写真、美術品、アクセサリー、服などの思い出の品はその本人しか、それがどういったことかわからないので、死んだ後ではないがしろにされることもあります。私も以前教会の関係で身寄りのないお年寄りが亡くなったさいによばれたことがあります。そこに集まっていた人は結局は自分が欲しいものを持ち帰って終わりというような感じでした。アメリカではよくEstate Saleというものがあり、オークションを行い換金し、それが相続への資産となったりします。故人が一生懸命集めた高級品やアート作品なども最終的には安値で売買されるので、いかに富を蓄えることの意味が低いかわかります。財産を整理した後で、私は故人をよくしっていたので、大切にしていた写真や美術品などが床に散らばり、主催者にどうするのか聞いたら全部ゴミにすると言っていて、とても空しい気持ちになりました。しっかりと帳簿の整理ができていない人は、お金だけでなく、写真や、服など沢山の資産を整理できていないことがあります。死後それらはまとめて廃棄されるだけなので、遺族の為にもなるべく早く整理を始めるべきです。年をとった人は「整理しなきゃ」ということをいう人が多くいます。でもそれを先延ばしにして、遺族に引き継ぎ状況がわからない状態で処分をするというのは非効率です。更に資産に関して明確でない故に残された家族は暗中模索の中、疑心暗鬼になっていきます。だから自分の物を「形見分けする」ということを名目に家族を招集し、それぞれに何かを分け与え、更には財産も明確にし、自分の死に関する遺言および財産分与に関する考えをそこで語ったり、家族で討議するということは死後のゴタゴタを回避するうえでも重要なことです。

 

人は誰でも死にます。だから死ぬ準備をしていて早すぎることはないのです。