東京から、ハワイ、LAを経てNYに来ました。NYではGeorgetown時代の友人に会って、色々と語りました。彼はここでトランプ大統領と写真に写っていますが、共和党の政治家でもあり、NYの不動産投資の会社を経営していてビジネススクールでも教えているかなり実績がある人です。彼も私と同じで不動産を中心としたバブル崩壊はアメリカでも来るのではないかということです。彼は短期的なインフレに便乗した家賃の高騰、供給過剰と、低金利の元での急速な都市開発への懸念からそのようにいっているのですが、私はもう少し根本的な問題を感じています。
都市集中型のライフスタイル、経済モデルはこれからの将来も成り立つでしょうか?人間が作ったものはいつか壊れ、必要がなくなります。ビルを作るのは大変ですが、破壊すること、維持することは同様にコストがかかる大変なものです。以前新築の状態でもそこまで需要がないのではないかということを書きましたが、古くなったらより価値が低下します。高層ビルは50〜100年持つそうですが、50〜100年後も今と同じように都市集中の需要が世の中にあるのでしょうか?さらに、住居や事務所スペースにそこまでお金を払う経済が存在しているのでしょうか?更には都市生活を支える水道、下水、電気、道路、橋、電車などは維持をするのは大変で、維持できなければ都市の機能は麻痺します。日本でもアメリカでも、道路の陥没やビルの下深くに眠ってしまった、水道、下水、など様々な過去の遺産は老朽化し、修繕するのには今まで想定していなかったほどのコストがかかるということが想定できます。そしてそれらを維持するには都市生活に対する継続的な需要があるという前提が必要になります。私はそのこと自体に疑問を感じています。
ビルや都市集中型の生活モデルには以下の問題があります。
1) テロ、戦争などの標的になる問題:第二次世界大戦中、人々は都市を離れ田舎に逃れました。それは都市が攻撃の対象になるからです。ウクライナの戦争でもドローンやミサイルが次々と飛来してビルを直撃しているのを見ます。更に現代戦争におけるデフォルトは相手のインフラ攻撃です、高層ビルは電気、水道、ガスなどのインフラが破壊されてしまえば非常に不便です。
2) 需要減退と管理費を支える経済の破綻:現代のビル開発は、それを支える継続的な経済成長と需要があることを前提としています。日本は人口が不足しています。更に、海外から日本に移り住むといった新たな需要はどこまで続くかは分かりません。不動産は高価である分、経済活動に組み込まれており、価値高騰がなくなれば投資家は一気に手放そうとします。更に、マンションなどは管理組合が維持費の積立をしており、それは全員が維持費を払うという約束に成り立っていますが、投資家にとってはその維持費は価値の下がった物件を維持するだけに払い続ける無駄なコストにしかならないのです。オウナーが海外にいる場合は法的に何かすることもできないのです。維持ができない状況は放置となり、加速度的に廃墟となります。地方で民家が放置され廃墟となるような現象が都市部で起きないという確証はありません。
3) 犯罪の増加と都市の治安悪化:犯罪は取り締まる治安維持の人数が悪いことをする悪人の数を上回らない限り管理することはできません。アメリカで大量の人間が全員で万引きをする犯罪が横行していますが、仮にAIの進化が業務の効率化を生み出して、失業者を増大させた場合、都市部は犯罪者が隠れ、住む格好のシェルターを作ります。都市経済の生産性が低くなる中、犯罪者を取り締まるのは膨大なコストがかかるので、アメリカの大都市のスラムのような場所があちこちにできる可能性があります。
4) 自然災害とパニックによる二次災害のリスク:世界の各地には歴史的な大地震や大洪水などの記録があります。東京にも大地震、津波、富士山の爆発といった自然災害があるといった人がいます。そのようなことが起きた時に人々はパニックになったりしないでしょうか?災害の特徴も被災者の数<救援者の数といった図式が成り立たないほど被災者が増えた場合、生き残りを賭けたパニックが起きると言われています。私の親は東京大空襲を経験していますが、皆パニック状態だったと言います。つまり自分が助かることの方が他人を助けることより優先するのです。都市生活はそういった二次災害の危険もあるのです。
5) 産業構造の変化、ライフスタイルの変化:都市集中型経済は産業革命に始まり、製造業からサービス業といった変遷を経て巨大化していきました。ただテクノロジーの成長はテクノロジーを媒体として人が集中する構造を可能にしているので、実際に近くにいる必要性も無くなっていくのです。特にAIにより、仕事の中心がプロセスから意思決定に移行してくることになるので、決定能力を高める学習環境がより重要になっていくのです。雑音が多い都市ではなく、静かに平穏な場所の方が主要な決定をするのには良い環境ではないでしょうか?更に人々は巨大企業による巨大なサプライチェーンの脆弱性を知ることとなり、むしろ小さい規模で自分のコントロールできる範囲でのサプライチェーンを食材やエネルギー、自然環境に求めるようになると思います。そのような時代になると都市部よりむしろ田舎に同じような思想や、考えを持った人達が自分たちのコミュニティーを形成していくほうに価値を感じるようになるでしょう。
インフラはそれを支えるのに、継続的な拡大、成長という過去のシナリオがありました。但し、人口上昇が止まり継続的に成長する需要はいつまでもそこにないのです。そんな中、維持費の負担だけを私たちの子供達の世代に残していくのでしょうか?橋やトンネル、鉄道、高速道路、日本各地にできたインフラは全て維持修繕、立て直しが必要になります。それができなければただの廃墟が残されるだけです。
会社の経営同様にリーダーシップは長期的なVISIONを国民にしめす必要があります。ビジョンがない中では無駄なものと借金だけが残っていくのです。今の日本には明るい将来を描く事ができる政治家やリーダーがいません。過去日本がやっておくべきことだったのは、首都移転などによるインフラ構造や政府投資が具体的な需要を生むようなプロジェクトの実施、少子化対策と移民の同化による人口バランスの均衡といったような政府のみができるアクションです。更には多くの不動産開発業が一斉にビルを建てるような状況を避け、新な生活環境、都市のあり方を示すようなリーダーシップが必要であったのではないかと思います。意味もなく乱立する新築高層ビル、生産性が伸びていない中での労働規制、利益率が上がらない中で無理やり民間の給与を上げようとする政治家の意味不明の議論。これらを聞いていると日本の将来に関してますます悲観的になってしまいます。

















