長谷川さんの治療とは!?その3 | NPO法人 肺がん患者の会 ワンステップ

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2024年4月、10年目突入。肺がん患者・家族の「いきる勇気」につながればいいなと思っています。

あっという間に3月も最終日!
明日はエイプリルフールですね!
私も楽しく騙し騙されしたいものです。

そんな中、長谷川さんから新しい更新でございます!

こんにちは。
3月も終わりになりましたね。
子供たちは無事終業式を迎えました。
二人とも皆勤賞。一日も休まず登校しました。
すごい。
成績はというと、二人とも三角が減っていました。
これもうれしい。
ちなみに通っている学校では、僕が子供の頃と違って5段階評価ではないのです。
△と○と◎。なんだかわかりにくい。
子供に気を使っているのかな。

さて、前回の続き。
低用量の抗がん剤について。
僕の意見としては、「薬が効くのなら方法は何でもよい」という考え方です。
効果が証明されていないといっても、
使う抗がん剤は保険認可されている薬なわけです。
別に怪しげな薬じゃない。ただ、量が少ないだけ。

薬の効き方は人それぞれですよね。
市販されている頭痛薬は何種類もあって、
体に合う薬がそれぞれ違うじゃないですか。
だから少なくても効く人はいるわけですよ(数は少ないでしょうけど)。
また、効果はあるけど、副作用が激烈に強かったら、
少ない量で使うのは当たり前のような気がします。

だから頭からこの治療を否定するのはおかしい。
臨機応変にやってよ、と思うだけです。

でも、「臨機応変にやってよ」と言っても、臨機応変にやってはくれません。
僕が思う臨機応変と、病院が思う臨機応変は天と地ほどの差があるようです。
効果の証明されていないものに、臨機応変も何もない、というのが基本。
医師の立場からすると、当たり前ですね。

低用量の治療だけでなく、いろいろと治療法を探し続ける患者に対して、
こんな言い方をする医師もいます。

「そもそも抗がん剤治療ではがんは治らない。
延命すら、かなわない癌種もある。
 だから抗がん剤治療は、一種の緩和ケアという見方もできる。
 痛みをとって、運がよいと延命も可能になる。
通常の緩和ケアより優れているわけ。
ですから、ちゃんと抗がん剤やらなければ、緩和ケアをやらないことと同じ。
文字通り、死ぬほどの苦しみを体験して死にますよ。
抗がん剤の副作用が苦しい?でも死ぬことに比べたらまだましだと思うけど。
みなさん、健康な状態と比べて副作用がつらいっていっている。
薬をやらなかったときは、当然悪化するわけで、その死ぬほどの苦しみとは
くらべてないですよね。」

効果の証明されている最先端の治療が、これだけしょぼいんだよ。
低用量の治療とか、証明されていないものがいいわけないじゃんか。
責任ある医師としてそんなことできない、
という感じでしょうか。

医師としては現実を言っているだけなんでしょうけど、
これ、怖い・・・
こんなこと言われたら、何をする気もうせます。

患者は希望を持ちたいだけなんだけどな。

治らない病気にかかった患者の心に
医師はどこまで寄り添うんだろう?
と思うことがあります。

治らないわけですから、診察という行為の中には、
患者の心と向き合う時間が当然あるはずです。
この病気、体が元気な場合もあるので、
患者が抱く希望から、現実へと着地させるのは至難の業です。
医学部とかでは、どう教えているんでしょうね

とか思っていると、ちょっと見当違いをしていることに気がつきました
診察の料金なんですが、5分でも、1時間かけても、210円です。
つまり、心と向き合おうが、向き合わなかろうが、料金は同じ。
医師としての評価の中に、また医師の治療の一部として
「心に寄り添う」ことは入っていないようです。

考えてみると、治らない患者が持つ希望をどうやって下げていくか、なんて
そもそも医師の仕事なのかな?とも思います。
体が弱れば否応なく下がっていくものだし。
それは宗教家の仕事でしょと思うわけです。
心に寄り添う暇があったら、医師として病気治せよとも言いたい。

でもなあ、僕自身
医師にいろいろ話を聞いてもらい、心が楽になることがよくあります。
診察に1時間かけてもらうこともしばしば。
ありがたいなあと感謝するばかりです。

ありゃ、どう終わればいいのかさっぱりわからなくなってきたので
この辺で終わりにします。


こ、これは怖い!
患者の立場で聞いたら、何千倍も怖いことと思います…
宗教観が確率された国だと、また様子は変わってくるのでしょうか?


長谷川さんへのメッセージなど、
是非こちらへお送り下さい!
ganbare_sakuemon@yahoo.co.jp