青い夜に種を蒔く手を猿が見る -9ページ目

青い夜に種を蒔く手を猿が見る

日々の生活で思うこと,書きます.
よかったら「最初のご挨拶」をお読みください.
https://ameblo.jp/hbk2021/entry-12635771145.html

 コンピュータエンジニアで20年超の時間を家電製造工場の現場で過ごしてきているが,
そのための学業を社会人になる前(本当はこの言い方はあまり好きじゃない.学生も
社会を構成する立場の一つと思っているので)に積んでいたわけでもない.
 応用化学の分野で薬品の入った試験管を振っていたから,今の生業を直接的には
担保する意図で過ごしたわけでもなかった.

 ただ,いわゆる「エンジニアリング的思考回路」は,たっぷりと研鑽する学生時代だった,
と今から思い返すこともある.
製造業の現場は,業種によって多少の差はあるのだろうけど,日々イレギュラーなことが
発生し,それをどうやって抑え込むのか?という対策も日々で練られて設備なり運用ルールなり
に改善が仕込まれる.

 これは,たとえば

ルールのないところにルールをもちこむ

というメタファでもいいと思う.約束事を生み出して現場に適用することで関係者の
効率やメリットが増進されればいいのだ.通信業界の慣例句でいえば,プロトコルがそれにあたる.

 子供がフリースクールに通うことになって,教育業界がどうなっているか,に
一定の関心を持って情報収集と整理,理論武装の充実化を自分なりのペースで続けているが,

ルールだけが社会の中で長時間存続し,
それが生み出された背景や意図が忘れ去られた状態で後継の関係者に引き継がれて,
ゆがみや不自然な偏りを生み出している

 

という状況も多いのだ,ということをあたらめて思い知る.
 政治の世界で言えば,「憲法第9条」もそんなルールかもしれない.あるいは「日本国憲法」も?


少し話がそれてしまうかもしれないが,「ヨビノリたくみ」という Youtuber の若手なお兄さんがいて,
彼のコンテンツはよく見ている.
自分が彼くらいの年齢だったころに,純粋な学術好奇心として数学の面白さを感じて過ごしていた日々,
それらを思い出す.
 「線形代数」という閉じた数学の世界に限れば,予測しうる例外,無視できるほど影響が
小さい不確定要素も視野に入れたうえでの,数的現象を説明するための十分に練られたルールは,

美しい

らしい.
 オイラーの定理に関する解説コンテンツが一本あって,そこに彼の数学に対する愛が
あふれているところが面白いのだ.

人間社会に関わるルールは,閉じてもいないし,常に流動的で,お国柄によっても地域によっても
違う.時代が変わっても同じではない.

 情報化社会という言葉があるが,実はこれも表現としては偏っていると思う.
人間が把握できる情報が昔よりも増えた社会を情報化社会と呼んでいる,という理解のほうが
現実の認識に近いのではないか.

デジタルデバイスが身近にあふれる昨今,人間が把握しやすい情報は洪水のように近隣を流れており,
その流れに乗れればラクだが,何かしらの本当のところを知ろうと思ったら,たいへんな日々だ.
思考停止で流れに乗る手もあるが,それはその流れを作り出したどこかの誰かの意図に従う事実を
伴うこともある.その不利を受け入れるなら構わないが,嫌なら抵抗するしかない.

ボーイスカウトをやっていた最後の時期に読んでいた業界書籍のひとつに,こういう語句があった.
not ride a boat, puddle your own canue.