3年前くらいの YouTube コンテンツだが,CGSというチャンネルで歴史担当の予備校講師だった茂木誠という
方が,「超日本史」というタイトルで彼の視点での日本史 + 世界史の連結点を紡ぎながら話している内容を,
先程聴き終えた.徳川鎖国時代が始まるところまでなので,まだ前半戦も終わっていない位置だと思う.
詳細は実際に番組を観たらわかるのでここに詳説はしないが,
武装中立
という概念を,この年齢になって彼を通じて初めて知って,いい感動を味わった.
たいへん理解できる話だったからだ.
争いや諍いを好まないが,相手にそれは通じない,という状況を打開するためのいくつかある術のなかで,
喧嘩をやっても絶対に勝てない.
そう相手に思わせることができたら,争わずに済む.結果としてその状況は平和である.
シンプルに代弁すれば武装中立とは,そういうことである.
完全に平和ではないかもしれないが,実際に紛争欧州で互いに損失が出るよりはマシだ.
その時々で判断材料や周辺状況は変わるのかもしれないが,TPOをうまく利用すればよい.
なぜ鎖国を江戸時代には実現することができたのか.しかも 200年の長きに渡って.
そして,今なぜ,現代日本ではそれがやりにくいのか.
それが手に取るようにわかる話だった.
自分の娘が小学校2年製の段階で公立校に通うのをやめ,フリースクールに切り替えることを受け入れた理由と
どこかで繋がっている気がした.
サラリーマン仕事側で,年度以内に完結という時限を切って,新しくボランティアっぽい業務を
引き受けることになった.
例年の勤務先の新卒社員は,半年から1年に渡って社内の各部署をローテーションで短期配属を積み重ね,
最終的な職業適性と本人の希望を勘案しながら正規配属を決めているのだが,コロナウィルスに起因する
社会変革に巻き込まれ,まったく新人研修ぽい時間を得ることなく問答無用の正規配属を来年度に迎える
若手がいることを,後輩を通じて先月に知ったのだった.
聞けば,たまたま彼が新人研修配属していた部署は,本業にかかりっきり + 在宅勤務推奨という背景で
新人の彼を半年に渡って放置していて,難のために就職しているかさっぱりわからず半分病んでいたので
(もうこの時点でどういうキャラかわかるのだが),後輩が見かねて時々単発イベントを手伝わせている
経緯だった.
ビールも出せないしラストオーダーが19時半というチェーンのラーメン店で汁をすすりながら,
彼に尋ねた.
ルールを守っていい子ちゃんにしていたら,飯が食えなくなりそうだ,とどこかで気づいたとしよう.
君はその当事者だったら,どうする?
そんな質問はされたことがない顔で硬直していたが,いい反応である.
質問するこっちは,当然自分なりの答えを持っている.
そして,鎖国を決定した 1600年代の日本の為政者も彼らなりの答えを持っていた.
今世を生きる我々は,その恩恵を身に余るほど受けているはずなのだ.
脂汗をたっぷり流しておけ.
それが許されるうちに.
それを見守ってくれる誰かが傍らにいるうちに.
喜怒哀楽を正直に表現できること,ってのは基本的には幸せなことだ.
悲しすぎて涙も出ない時もあるし,どれだけ我慢したって流れる涙だってある.
泣けるうちは泣いたほうがいい.
本当にそう思っているし,そう自分に言い聞かせて生きてきた.
たぶんかつての日本人も,そんな感性を持っていたのでは?
と思いつつ,弥生初日の深夜にこれを記す.