広島で乳がんの治療をしているひがき乳腺クリニック院長・檜垣健二です。
円安で悲鳴を上げている日本ですが、私の物心がついたころは1ドルが360円でした。そのため、トヨタのパブリカは、「1000ドルカー」(36万円)と言われていました。
当時の日本人は勤勉で働きものでしたから、いい製品を作りそれを安く輸出できたために、気が付けばメイド・イン・ジャパンは海外でも一目置かれるブランドになりました。私は今でも、当時の日本人の努力には頭が下がります。
私が初めて国外に出たのは、新婚旅行でハワイに行った時でした。その時のレートは、1ドルが320円だったと記憶しています。
出国の時に、身に着けている舶来品を前もって登録しなければならない時、私は50円のビックボールペンしかありませんでした。もちろん、申請は不要と言われました。
その後、日本人の給料も上がり円も高くなったため、気が付けば生産業のほとんどが海外の安く手に入るところに移されました。そして、身の回りにメイド・イン・ジャパンの製品はほとんどなくなりなりました。
そんななか、B型のこだわりのためか、私はある程度の収入が得られた今でもメイド・イン・ジャパンにこだわっています。車も時計もスマホも電子カルテを含む医療機器も・・・。
これは、私ができる唯一の日本に対する恩返しです。「古い奴だとお笑いください」。
先日、ランチを食べた店の若いマスターが、国産の時計が好きだと言われたことをきっかけに、ブログに書く気になりました。スタッフにその話をすると、一人が私もメイド・イン・ジャパンの食物しか買いません、とのこと。
人それぞれです。
広島で乳がんの治療をしているひがき乳腺クリニック院長・檜垣健二でした。