広島で乳がんの治療をしているひがき乳腺クリニック院長・檜垣健二です。
広島では新年早々、コロナのクラスター感染がおきました。相変わらず、広島では発生した病院の名前は公表しないようです。
私の親は、実の母親が一人になりました。もともと3姉妹でしたが、今は母親だけになりました。
私の双子の弟は、群馬で開業医をしています。その弟も、昨年はコロナ禍の中で身動きが取れませんでした。
この度、2年ぶりに帰省しました。しかし、群馬ではクラスターがおこったこと、そして今、新しい株がじわじわと増えつつある現状ですので、長居はしないことにしました。
1月2日に単身で新幹線の自由席に乗り、ときどき座る位置を変えることにしたそうです。指定席は3密になることと、さすがに2日は帰省ラッシュから外れる穴場だろうと思われたからです。
弟は、感染を避けるため呉に短時間滞在し、私たちとも食事もしませんでした。広島駅で別れた弟は「お盆には帰れたらいいのに・・・」と言い残して新幹線で帰りました。
3度目のワクチンを打ったばかりの弟が、ここまで気を遣うのは、自分が医師であること、母親が高齢者だということ、そして関東からの帰省だからです。
それでも私は、母親にとってはお年玉になったのではないかと思います。弟の後姿を見て、私は環境が違っても頭頂部は一緒だと思いました。
広島で乳がんの治療をしているひがき乳腺クリニック院長・檜垣健二でした。

