広島で乳がんの治療をしているひがき乳腺クリニック院長・檜垣健二です。
長年の勤務医生活で手元に残った貯金はわずかだったので、自己資金ゼロでの開業となりましたが、融資銀行の無担保、保証人なし、そして低金利という懐の広さのおかげで開業10年間で借金はゼロになりました。
当初の目標、すなわち広島市民病院で私が手術をした方の術後10年を見届けるということもできました。スタッフや患者さんにも大きな事故や事件はおこりませんでした。
目標達成後の次の・・・と考えるには私は年を取りすぎました。そして、(今まで考える余裕がなかった)開業後に新たに出会った1000人を超える乳がん患者さんの10年後をどうするかは避けては通れない道になりました。
そう考えると、11年前に私が開業を考えたときのように一刻も早く次の手を考えようと思いました。選択肢に私の継続は存在しませんでした。
なぜなら、「やれることとやることは違うのです」から・・・。
開業当初は、(私が勝手に)次は広島市民病院の伊藤先生を想定していましたが、広島市民病院の後を任せたはずの大谷先生の開業でかなわぬものとなりました。
それでも私はあきらめず、実績、実力、人間性の三拍子そろった若い先生を探し続けました。患者さんやスタッフに最高の結末を迎えていただくことが、私の医師としての最後の目標となりました。
広島で乳がんの治療をしているひがき乳腺クリニック院長・檜垣健二でした。