我思う、ゆえに我あり ~ HBB コンサルティング -2ページ目

ご機嫌いかがですか?

暑い、暑い毎日ですね~~~。


私は元々あんまり食べない方なので、日本人はお豆腐を作りだしたのは本当に偉い!

って、思い、タンパク質はもっぱらお豆腐で取っておりました。



さて、先日、師匠から1000本ノックを受け、


古典を読め!芸術に触れなさい!



とアドバイスを頂き、早速シェークスピアを買いに走りました。



私は、番町九段方面に住んで今で9年目になります。

高校生の時も、四番町にいたので、この界隈は私は昔からなじみがあります。


しかし、会社勤めをしていた時は、眠るだけの町だったのですが、今は平日に散策が可能な状態になりました。


といっても、そんなに色々歩いているわけではなかったのですが、本日、駅前のCafeに行こうと靖国通りを市ヶ谷駅方面に歩いておりましたら、一つのうなぎ屋さんにふと惹かれました。

このうなぎ屋さん、勿論ある事はずっと前から知っておりましたが、入った事はありませんでした。
普通私はあまり食べないし、この暑さでうなぎは勘弁と思う方なのですが、今日に限って、なんとなくお店の前を通ったら、

“元気をつけなきゃいけないかな~~~!”

とふと思い立ち、2時一寸前のランチ閉店前のうなぎ屋さんに入ってみました。

そしたら、小さな店内なんですが、うなぎ屋さんなのに何故かクラシックが流れていて、席に座ってお店を見回したら、なんか素敵な絵が一杯飾ってあるのです。


“これって、もしかしたら、藤田嗣治の絵???”


って店内をきょろきょろ見渡していたら、お店の人が私が一人の客だったので、個室の方に座らせて下さって、壁には藤田の版画が沢山飾ってあり、小さいけど乳白色の油の絵もありました。

全部、本物って事で、もう吃驚。
あと、私は知らない有名な方の絵も沢山あり、御近所のうなぎ屋さんが、小さな美術館で本当に感動しました。

そのうなぎ屋さん、実は1804年赤坂で創業、関東大震災で被災し、1924年九段に移転した老舗中の老舗だったみたいで、現4代目ご主人は歌舞伎の女形「中村吉之助」で33年間役者をつとめた方でした。
今は少しふくよかになっていらっしゃいましたが、とっても優しい方で、わざわざ見せて下さった昔の写真は本当に溜息物で美しく、帰る時に気がついたのですが、レジの所にも大きな女形の時のお写真がありました。

お店の方々も、


「絵の好きなお客さんで嬉しい」


とおっしゃって下さり丁寧に絵を見せて下さいました。
(実はそんなに深い知識はないのですが。。。^^)

お昼だと、13時半がお客が引いて、ねらいどころだと御主人がおっしゃっていました。

このうなぎ屋さんですが、お弁当やてんぷらもありました。

とってもお勧めです。
最寄駅は市ヶ谷で、靖国通りを九段下方面に歩き、麹町郵便局の直ぐお隣です。

藤田の絵を堪能できるうなぎ屋さんでした!

うなぎ割烹 阿づ満や(あずまや)
東京都千代田区九段南4丁目5-12
03-3261-4178

http://r.tabelog.com/tokyo/A1309/A130904/13043503/




私は全てをシンクロと思うのはいかがなものかと思う方なのですが、本日本当に素敵な偶然で、芸術に浸れるうなぎ屋さんに出会い本当に吃驚です!




メッセージ:りさん、日本に帰っていらっしゃった時は是非ご一緒しましょ!^^)


ご機嫌いかがですか?


暑い毎日ですね。。。



最近、ちょこっと自分の事業について、どうやって参入をして行くか、迷っておりました。

自分が今までやってきた事でも十分通用するはず。


でも最初の一歩をどうすればいいか考えあぐねておりました。


そんな時に、師匠と半年振りに電話で話す事が出来ました。

師匠、といっても、その方に弟子と認めてもらったわけではありません。

(その方にはちゃんとしたお弟子さんがいらっしゃいます。)


専門分野が全く違う方なのですが、私はその方の生き方、プロフェッショナル性にとことん惹かれております。

生き方の御師匠と勝手に私がしたっているだけなのですが。。。



私という人間が、一見全く違った医療経営の分野に乗り出す。

それは無謀と言えば無謀かも知れません。


しかし、病院は土地、建物そして、人材、什器備品の多い事業で、今後PFI等のファイナンススキームをもっと取り入れていく場合、金融と不動産と運営のプロは絶対に必要になります。


私は、その部分は絶対に力になれる。

その自信はある。




しかし、病院の人は多分、その分野に疎く、自分のポテンシャルをどうやって出して行けばいいか、悩んでおりました。


そんな時、師匠が半年ぶりに電話を下さったのです。


どうしたらいいか解らない私は、普段も時間があれば本ばかりを読んでいる私ですが、最近は一日1~2冊の本を平均で読んでいます。

大体、月に50~60冊位になります。


中心は経済の本なのですが、現在の時事にも出来るだけ目を通していました。



そんな事を師匠に話したところ、師匠は、


師匠)「マキヤヴェりの君主論は読んだかね?」


私)  「はい、昔一度。。。」(内容、覚えていない)


師匠)「では、シーザーを殺したのは?」


私)  「え、ええっと、ブルータス、、、」


師匠) 「違うだろ、殺したのはブルータスではない!」


私)   「暗殺者の一人でしたっけ。。。」


師匠) 「アントニウスの演説で、アントニウスは何を言った?」


私)  「。。。。。」


師匠) 「アントニウスはだな、一言もブルータスの事を言わずに、演説で民衆の注目を自分に集め、怒りをブルータスに向けたのだ。」


私)  「。。。。。」


師匠) 「君はシェークスピアは読まんのかね、マクベスはいいぞ!」


私)  「。。。。。」(昔読んだ、でもうる覚え。。。)


私)  「あっ、ロミオとジュリエットなら、細部にわたり覚えています。はい!」(バレエでやったから)


師匠 「ロミオとジュリエットは読み飛ばした」


私) 「 ・・・・∑(;)」



師匠は私に、長年読み継がれてきたものは、それなりの理由がある。

目先の本ばかり読んでないで、古典をよみたまえ!美術館に行きたまえ!いいぞ、古典は!


と、おっしゃいました。


確かに、私はビジネスの上で長期の目線が無い事をとても憂いておりました。

勿論、時事の事を知る事もとても大切です。


しかし、自分の幅を広げる為に、一歩引いて、もう一度古典等をおさらいしようと思いました。


で、本日、マキヤヴェリの君主論、読みました。

正直、目からうろこでした。


60冊近く読んだ本で、読み返したい本は本当にわずか。。。

まあ、時事のものは、インプットをざっとするだけなので、そんなに読み返す必要もないのですが、


君主論は多分、私はこれから何度も読み返すでしょう。



シェークスピアももう一度再読しようと思いました。

マルクスも読みます。



確かに、私が尊敬をしている人、心を打つ方々のの共通点ですが、御自身の専門分野があるのに、教養がとても深い。。。


東大の永井先生もそんな一人です。


スポーツの分野では、元巨人の桑田真澄さんも、野球だけでなく、美術に、本に、文化に精通していらっしゃいます。


私は、せっかく、今は少しは余裕のある時なので、時間のある限り、自分の幅を広げる事に視点を戻そうと思いました。



贅沢な事です、、、ね。






ご機嫌いかがですか?


東京は夏到来!

って感じで、キラキラした太陽が照りつけています。


本日はお布団周りのお洗濯とさっとお掃除をして又読書をしております。

今朝、アマゾンから頼んだ本が3冊届いたのです。


私は、本を読むのが好きです。

ジャンルはなんでも!

歴史書、哲学、文学、経済、政治、思想、自己啓発、まんが。。。


最近はやはり政治と経済関係が多いですが、思想等の本を読む事も多いです。

その中で、先日とある牧師さんの本を読みました。


ミュージシャンで牧師である石井希尚さんという方の「明けない夜明けはない」という題名の本なのですが、書いてある事は聖書の教えとソロモン大王の教えを取り交ぜた内容でした。

何処にでも書かれているといえば、書かれているような内容なんですが、久しぶりに自分にピタッときた本でした。


沢山の本を読んでいると感じるのですが、内容的にとても良い事が書かれていても、心に響く本と、ああ、又同じような本だな~~って思う物があります。


この差って、何なんでしょう?



あくまで仮説です。

私は、この石井さんという方を個人的に知っているわけではありませんが、心に響く本は、勿論、“今”の“私”にぴったり合うという側面もあるのでしょうが、歴史の賢者の言葉の焼き直しでも、きっと著者が限りなく書かれている事を実践していらっしゃるのではないかとなんとなく、私は思いました。



さて、本日の本題なのですが、昨日、所属しておりますNPOのお勉強会に参りました。

お題は「死生観」。


医療従事者が多いNPOで、医療界でのリーダーを作る目的の会なので、どうしても医療従事者の視点での話になります。


人の死の迎え方、に関して、多角的角度からお話を頂きました。

とても素晴らしいお話でしたが、私には「死」の迎え方、は結局はどう生きるか、という生の部分の積み重ねではないかと強く感じました。


末期治療をされている患者さんに、治療の方法やその治療がもたらす影響、結果を説明をして、患者さん自身に治療方法を選ばせる事が重要で、医療者が押し付けるのはどこか違うとお話もありましたし、その中で、日頃から、いつか避けられない死について、考える事が重要だというお話もありました。


私は、その通りだと思う反面、これは一体、死とか、病人とか、医療従事者に限った話なのだろうか?


と感じました。



何が言いたいかというと、例えば丁度読んだ石井さんの本は死生観の話ではありませんでした。

生き方の本です。


その中の一つに、石井さんは、人生において、



“今、何故これをしているのか。”


そして、


“この行動の先にある結果はどのようなものか。”



を自覚して行動をすることの重要性を話していると事があります。


人生を泳いで行く中、この自覚の繰り返しを絶えず行っている人生なら、もし「死」というステージに来たら、それらに対しての治療等で考えなければならない事があれば、日頃、この自覚の元に日々を送っていたら、これは形を変えた人生の選択の一つではないでしょうか。。。



これらの自覚は、しているようで、実はしていない事が多い。

私自身、失敗して、痛い思いをして、初めてこれらを自覚することが多いです。


生きてゆく上で、過去の賢者がそのコツを教えてくれている書も多い。。。

それを実践していきながら、あらゆる実生活に現れる論議を丁寧に見てゆきたいと思いました。