死生観 | 我思う、ゆえに我あり ~ HBB コンサルティング

ご機嫌いかがですか?


東京は夏到来!

って感じで、キラキラした太陽が照りつけています。


本日はお布団周りのお洗濯とさっとお掃除をして又読書をしております。

今朝、アマゾンから頼んだ本が3冊届いたのです。


私は、本を読むのが好きです。

ジャンルはなんでも!

歴史書、哲学、文学、経済、政治、思想、自己啓発、まんが。。。


最近はやはり政治と経済関係が多いですが、思想等の本を読む事も多いです。

その中で、先日とある牧師さんの本を読みました。


ミュージシャンで牧師である石井希尚さんという方の「明けない夜明けはない」という題名の本なのですが、書いてある事は聖書の教えとソロモン大王の教えを取り交ぜた内容でした。

何処にでも書かれているといえば、書かれているような内容なんですが、久しぶりに自分にピタッときた本でした。


沢山の本を読んでいると感じるのですが、内容的にとても良い事が書かれていても、心に響く本と、ああ、又同じような本だな~~って思う物があります。


この差って、何なんでしょう?



あくまで仮説です。

私は、この石井さんという方を個人的に知っているわけではありませんが、心に響く本は、勿論、“今”の“私”にぴったり合うという側面もあるのでしょうが、歴史の賢者の言葉の焼き直しでも、きっと著者が限りなく書かれている事を実践していらっしゃるのではないかとなんとなく、私は思いました。



さて、本日の本題なのですが、昨日、所属しておりますNPOのお勉強会に参りました。

お題は「死生観」。


医療従事者が多いNPOで、医療界でのリーダーを作る目的の会なので、どうしても医療従事者の視点での話になります。


人の死の迎え方、に関して、多角的角度からお話を頂きました。

とても素晴らしいお話でしたが、私には「死」の迎え方、は結局はどう生きるか、という生の部分の積み重ねではないかと強く感じました。


末期治療をされている患者さんに、治療の方法やその治療がもたらす影響、結果を説明をして、患者さん自身に治療方法を選ばせる事が重要で、医療者が押し付けるのはどこか違うとお話もありましたし、その中で、日頃から、いつか避けられない死について、考える事が重要だというお話もありました。


私は、その通りだと思う反面、これは一体、死とか、病人とか、医療従事者に限った話なのだろうか?


と感じました。



何が言いたいかというと、例えば丁度読んだ石井さんの本は死生観の話ではありませんでした。

生き方の本です。


その中の一つに、石井さんは、人生において、



“今、何故これをしているのか。”


そして、


“この行動の先にある結果はどのようなものか。”



を自覚して行動をすることの重要性を話していると事があります。


人生を泳いで行く中、この自覚の繰り返しを絶えず行っている人生なら、もし「死」というステージに来たら、それらに対しての治療等で考えなければならない事があれば、日頃、この自覚の元に日々を送っていたら、これは形を変えた人生の選択の一つではないでしょうか。。。



これらの自覚は、しているようで、実はしていない事が多い。

私自身、失敗して、痛い思いをして、初めてこれらを自覚することが多いです。


生きてゆく上で、過去の賢者がそのコツを教えてくれている書も多い。。。

それを実践していきながら、あらゆる実生活に現れる論議を丁寧に見てゆきたいと思いました。