存在価値と内容の差異 | 我思う、ゆえに我あり ~ HBB コンサルティング


ご機嫌いかがですか?

荒木千佳でございます。



EUの事を書くといいながら、いきなり題名が存在価値と内容の差異とはいかがなものかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。



しかし、私はこのEUの存在価値と内容の差異そのものが、現在のEU(欧州連合)の危うさを引き起こしていると考えています。

EU条約では欧州連合の存在価値について、このようにうたっています。


「(仮訳)連合は人間の尊厳に対する敬意、自由 民主主義 平等 法の支配 マイノリティ に属する権利を含む人権の尊重という価値観に基づいて設置されている。これらの価値観は多元的共存、無差別、寛容、正義、結束、女性と男性との間での平等が普及する社会において、加盟国に共通するものである。そして、連合の目的について、第2条で挙げられた価値観や平和 、域内の市民の福祉を促進することとしており、そして、経済面では、欧州連合ではローマ条約や単一欧州議定書、シェンゲン協定により、国境管理や加盟国間の制度の違いといった障壁が除去されていき、域内における労働者、商品、サービス、資本の移動の自由が確保する」



私は、EUの存在価値に関して、又その試みに関して何の異論もありません。

しかし、10年たった今、このボーダーレスの思想は、実質面では全くの穴あき状態だと言わざるを得ません。




例えば、ユーロという共通通貨の事。



EUはヨーロッパの全ての国ではありませんが、27カ国が加入をし、又16カ国がユーロという共通通貨を採用しています。


ドイツやフランスには以前にはマルクとか、フランというような自国の通貨がありました。

それを捨ててユーロという共通通貨を採用しました。



自国通貨捨てて共通の貨幣を持つ。

これはEU諸国にとってはとても大きなステップと言え、又投資事業を行う時、国境という障害が無くなる事は大きなメリットです。


巨大なEU金融市場の誕生というビックプロジェクトではあったのですが、その反面、単一通貨と単一金融市場を作ったにも関わらず、EUには一元的な財政政策や金融の監督のルールがありません。


これは一体何を意味するのでしょうか?



一つの例を上げましょう。



2008年の暮れ、かのリーマンショックで、EU諸国で起こった事です。


金融不安が大きくなると、一般の人も小さい銀行などは潰れてしまうのではないかと、何故潰れるのかの理由は解らずとも不安になると思います。

特に預金者にとっては、自分の預けていたお金が無くなってしまうのではないかと考えてしまうのです。



そして、その不安は2008年のEUでは大きく人々の心にのしかかっていました。
そんな時、アイルランド政府は、国内の預金を全額保護すると一方的に発表したのです。


これは一見世界が信用不安に陥る中、取りつけ騒ぎ等は起こっては更なる不安が広がり、アイルランドの銀行の倒産を防ぐための政策としては評価される事だったと思います。


しかしながら、これはEUという単一の金融という枠組みで見てみたら、それには重大な欠陥がある事がわかります。



まず、何が起こったかといいますと、イギリスの預金者が、一斉にアイルランドの銀行に預金を移し、イギリスの銀行が破たんの危機にさらされました。


現在のインターネット社会においては預金の移行は簡単に行えます。

まして、EUという単一通貨と単一金融市場では国境という壁もありませんから。。。。。



本来、このような取り組みは単一通貨と単一金融市場内で一緒に行われなければなりません。



グローバル経済上もアイルランドの銀行がつぶれなくても、他のEUの国の銀行が預金者がアイルランドだけに集中したから他の国の銀行が潰れたでは、全く意味がありません。

つまり、アイルランドの取った措置は、EUという枠組みの中で、自分の国だけは守りたいという行動になってしまうのです。



本来なら、EU全体で一元的な財政政策や金融の監督のルールで行うべき事なのです。

しかし、連合といっても肝心な所が連動していないという所がこの連合の現在の危うさを引き起こしています。





明日はこの続きを、ギリシャの破たん問題を題材にお話しします。