HIGH CUT VOL.125 May1-14,2014

 

 

 

 

 

COVER STORY

イジョンソクは、ファッショングラビアのモデルとしては専門家を無力にしてしまう。何を着せてもオートクチュールの衣装のように即座に消化し、ポーズや雰囲気も神業のように表現するためエディターとフォトグラファーは、ただ写真を上手く選べば良い状況だ。(もちろん何百枚もの写真の中で捨てるカットがない悩みが出てくるが)。おかげで、今回のグラビアで記者が気を使わなければならなかったのは、わずか2つだけだった。

 

まずは今日の天気。撮影当日の朝、高層ビルの中腹まで雲に覆われていた香港の裏通りは灰色に沈んだ。

照りつく太陽の下で、グラビアの雰囲気を元気あふれるものにしようというエディターの計画はすっかり崩れた。

 

次に、モデルのコンディション。イ・ジョンソクは撮影前日、仁川空港での「ある行動」により、オンライン上でこの25年に聞いた悪口を全て合わせた以上を1日で聞いていた。そんな状況で撮影に入る直前のスタッフの心境はたった3文字に集約できた。「(망했다) 終わった」

幸い、記者と関係者を絶望から救ったのは再びイ・ジョンソクだった。彼の頭の中がどれほど複雑だったかは想像できるが、彼は今回もまた香港の裏通りをランウェイに変えた。さらに天気の変化に対応する事も少なくて済んだ。静かに撮影を見守り、現場案内に協力し、イ・ジョンソクを応援してくれた香港と中国の現地ファンの皆さんにも、この場を借りて感謝の言葉を伝えたい。

 

 

 

 

異邦人

都心を埋め尽くす高層ビルの森。その間々にある古き怪しきビンテージな魅力に満ちた香港の裏通り。そこで異邦人イ・ジョンソクを捕らえた。
記者イ・ヒスン

フォトグラファー チェ・ムニョク

スタイリスト パク・ジヨン

ヘアー イム・ジュンス(ジェニーハウス)

メイクアップ ソハ(ジェニーハウス)

現地コーディネーター パク・スンヒ

 

 

目がくぼんで精気がなかった。新ドラマ <ドクター異邦人> (SBS) を撮影中のイ・ジョンソクは、かろうじて1泊2日の日程を割き香港に来たところだ。そそくさとホテルの部屋で荷をほどき一息ついた後、進められたHIGH CUTとのインタビュー。残念ながらこの後、次々に現地メディアとのインタビューと行事が待っている。イ・ジョンソクの弱い声がいつもより小さく、消え入りそうだ。イ・ジョンソクは「自由時間ができたら部屋で休みたい」と言った。実際、息の詰まった香港出張の間、少しの暇ができるとホテルの部屋を離れなかった。疲れたイ・ジョンソクの肩を奮い立たせる疲労回復剤は何なのだろうか。



香港に仕事以外で旅行に来たことは?
旅行で何度か来た。僕はあまり部屋の外に出るのは好きではなく、お母さんはガイドと一緒に観光して、僕は部屋にいた。


1人で? 香港まで来て?
とても暑かった。ショッピングをちょっとした以外は。


最近では「韓流四天王」(キム・スヒョン、キム・ウビン、イ・ミンホ、イ・ジョンソク) という言葉が生まれたでしょう。遡れば四天王の元祖は香港のアンディ・ラウ、アーロン・クオック、レオン・ライ、ジャッキー・チェンだった。1980年代末から1990年代まで10年以上もアジア全域で大人気だったろう。映画、歌、ダンス、ルックスと各自のキャラクターもはっきりしていた。
かつてのその方々と比べて論じられた今の韓流四天王という言葉は、マーケティング的に作られたものだ。まだ中身がない感じというか。80~90年代のその方々は自然に四天王というものが形成されたようだが、今は無理に4人を集めた感じが少しするから。

 


ジョンソクさんが言うように、香港の元祖四天王に比べて韓流四天王という言葉はマーケティング的に急ごしらえ感もあるが、今後も維持するのも重要だ。
当時、その方々は各自の魅力、各自の武器を持っていたわけだが、今の自分は「他の人に比べて打ち出せるものは何があるだろうか」と悩んでいる。そのタイトル (韓流四天王) はもっともらしく作られているが、まだ自分の武器にはなっていないように思う。他の方法は何があるのか。作品を懸命にやる。演技に精を出すだけだ。

 


そういった面では、自分の道を必死に走っているようにも思える。俳優デビューをして4年ちょっと経つが、その4年で休まずに作品を11本もしたのだから、すぐには表れなくてもフィルモグラフィーは着実に積もっているじゃない。
確かに作品を終わらせると経験値が少しずつ積もっているとは思う。「こうやって成果を重ねていけばいつかは僕も上手にできるかもしれない」と、この頃撮影していて思うようになった(笑)。


<ドクター異邦人>が5月から放送される。北朝鮮で生きて来た (厳密に言えば北朝鮮出身ではないが) 胸部外専門医パク・フン役だが、一般的な医療ドラマとは少し違ってミステリー要素が入っている。大統領が登場し、政治事件もあって、序盤の台本を見ると「技術者でなく医者になれ」というセリフも印象的でした。
お父さん (キム・サンジュン) の遺言のような言葉だった。僕のキャラクターについて言えば、初恋の人を北朝鮮で救う為に金を稼がなければならず、そのために医術を使わざるを得ない状況だ。ところでそれでも医師は医師なのだ。お金がなくて弱い人には500ウォンだけでもらって手術をしたり「お金を追いかけなければならないが、人を生かす医師でなければならないのか」と葛藤に苛まれたりする。

 
 

「技術者ではなく医者になれ」という言葉は、一つ変えれば「技術者でなく俳優になれ」という言葉にもとれる。俳優もノーギャランティーで出演できる作品があるかと思えば、時には5億ウォンの出演料を受け取る作品があって。
ドラマ <学校2013> を撮っている時、出演者の中にハン・ヨヌ役のキム・チャンファンという兄さんがいた。独立映画を数多くしてきた方だ。兄さんと話しているうちに「これが終わったら独立映画をやってみようかな」と思った。それまで誰かに質問されると「僕はスターではなく俳優になりたいです」と答えてきたが、それは自分の歩みと矛盾しているとわかっている。それでますます「独立映画をやらなくては」と思ったが、現実には上手くいかなかったよ。シナリオを頂いて話を進めていっても、やっぱり他の作品をすることになった。「どうすれば矛盾せずに、本当に人に見せられるものができるだろうか」と思案した。


<ドクター異邦人> の撮影でハンガリーのブダペストにも行ってきた。(あなたを) 知っている人も少しいたようで。
自分でもびっくりした。その方々は<君の声が聞こえる>や、<学校2013> を見たと言ったよ。だけど食べ物は口に合わなかった(笑)。


ハンガリーではバイクに乗るシーンもあった。
ハンガリーに行く前日にようやく免許を取った。ところが、今歩き始めたような子供にどんどん走れと言うので大変だった。僕はいいが、後ろに (チン・セヨンを) 乗せているから。歩道ブロックを上がったり降りたりするシーンがあって、セヨンが怪我をしたらどうしよう、もし倒れたら僕はすぐ体を抜け出せるけれど、セヨンはどうしようと心配になった。

 


シノプシスを見ると3人の女性が同時に好きなキャラクターだ。チン・セヨンとボラ、そしてカン・ソラ。実際は誰に心を寄せるか。
まだカン・ソラさんとは撮影をしていない。セヨンもとても忙しくハンガリーから戻って一度だけ会った。俳優陣はスケジュールが詰まっている。ボラさんとも昨日か一昨日、初めて撮影が一緒になった。それであまり把握できていない。セヨンは幼い時に同じ会社にいて中学生の時から見ていたので、まだ赤ちゃんのように思える。


夜通し撮影して、すぐに1泊2日で香港に来て、また韓国に戻ったらすぐに撮影現場に行くのでしょう。本当に窮屈な日程だが、もし1泊2日の自由時間が与えられたら何をしたいか。
ホテルでただ寝たい。「外に出て何かしなくちゃ」と思って出かけても、思ったほど以上の面白さを感じたことがないんだと思う。どちらかと言うとただ家にいるのがいい。


では何をすればおもしろいと思うか。期待以上に満足できるものがないと?
不思議なほど面白みを感じるものがない。趣味もないし、仕事ばかりだからかもしれないが、それでも仕事をする時は意欲的だ。台本を開いて読んで、撮影準備をする時だけは意欲的だ。これが無理をしているのか、自分で好んでしているのか正直なところよくわからない。ところがただその時だけは意欲的で、それ以外は何かすること自体が嫌いだ。女性に会うのすら面倒だ (一同爆笑)。


若いのにチャレンジ精神がないのでは?
自分でもずっと考えてはいる。俳優生活には必要なものがあるが、自分が経験できなかった事、まだしていない事が多くある。高校の時、友達と集まってバイクに乗った事もあるのに、ハンガリーに行く前に免許を取る為にトラックを回りバイクに乗っている自分がとても情けなくてイライラしたよ。俳優は何でも色々とやってみなければならないようだ。先輩方も同じことをおっしゃっていた。


ボヨンさんが <神の贈り物-14日> を撮っているでしょう。
昨日、スタジオ撮影がたたま重なって会ったよ。撮影が終わってトイレで声が聞こえたので行こうとすると、ボヨンお姉さんが後ろから「ジョンソク!」と呼ぶので振り返ってみると、ボヨンお姉さんが本当にやつれた顔で立っていたよ。お姉さんの疲れた姿を久しぶりに見て痛々しかった。それでも本当にとてもうれしかった。
 

 


お借りしました。감사합니다