僕は思うのだが、もし、ろくでもない、何を考えているのか何をしたいのか・・・。


まるで悪魔のようでけれど天使のような人間。


それは誰かの味方でもなく敵でもない、ただ人が好きで好きで・・・・だから、愕然とさせたり、希望を沸かせたりする、そういう奴に一度だけでも目をつけられたら、知り合ってしまったなら運命を予期せぬ方向へ進んでしまうのかもしれない。


まだ、ただのろくでもない人間なら自分を自分で救える方法はあるだろうけれど、本当の意味でのろくでもない人間に目をつけられてしまったら、どうしようもないだろう。


また、そういう人間の前では常人は打つ手がなく攻撃を仕掛ければ、逆にやられ、そして仕返しをしようとしても今度は上手いこと逃げられてしまう。


やはり、トリックスターのような人間には近づくべきではないし、自分がそういう人間になってしまってはいけない。


もし、自分がそうなってしまったのならば、もう自分を過去の自分へ戻すことは不可能だろう。


人は面白いことを見つけて、楽しんで生きていく生き物だ。


だからトリックスターのような人間の場合、人をたくみに操り自分がしたいように弄ぶことができる。


彼らにとってそれが唯一の楽しみであり、快感なのだ。


特に、よく笑う男がそうかもしれない。


彼らは何をしでかすかわからない。


何をしたいのかすらわたしたちにはわからない、それはもう人の域を超えているものだからだ。


決して彼らには近づいてはならない。


近づけばきっと獲物として食われてしまうだろう。



End

人の欲求というのは、まさに様々なものがある


おそらく私たちが知っているもの以外にもたくさんあるのだ。


普段私たちが経験して知っている欲求といえば食欲、睡眠欲、性欲などだろうか


しかし、実際にはもっとたくさんある、獲得 保持 秩序 構成 優越 達成 承認 防衛 劣等感の逃避 反発

支配 自立 対立 攻撃 屈従 非難 親和 拒絶 養護 遊戯 求知 解明など


人というのは、まさに欲求があって生きているといえよう


そして、それを満たすことによって喜びや快感を得ることができる。


人というのは生物である限り、これらを満たされることによって生きることができる。


もし、たとえば、仕事や勉強などで達成感が得られない、誰に認めてもらえないとなればそれが心の傷となり

結果非行に走る、もしくは自殺などを行ってしまう。


そのほかにも、誰かに自分のことを理解してほしいというのも一つの欲求であると考えた場合、自分が何を言っても誰にもわかってもらえない結果、ひねくれものになってしまったり、また、自分の意見を強引にでもとうそうとする。


もし、そういう人間を何とかしたいというのならば、相手の悪いところよりもいいところを見つけ出し誉めてやることが一番いいのかもしれない。


そうすることで人は自分の欲求が満たされる。


そして、強引にでも自分の意見をとうそうとする奴がいるのならば、そいつの意見を聞いてやることが一番いいのだ


心を広くし、穏やかな気持ちでだ。


そうすると相手は自分の意見をちゃんときいてくれた相手に心を開くだろうし、そこで相手の自尊心を傷つけないよう丁寧な物言いでアドバイスまたは、こちらが間違ってると指摘された場合はそれを速やかに認めることだ。


そうすることで、相手の欲求をみたし、達成感を与えることができるし、何よりも、自分の仲間が増えるのだ。


人は決して一人では生きていけない。


だからこそ、そういった誰かの欲求を満たし、さらに自分から心を開き相手の言うこときいてやる。


この世で一番、好かれる人間というのはそういう人間なのだ。


人はいつでもどこでも、自分の欲求というものを満たしてくれる存在を欲している。


それを一番、理解することが大切だ。



そうすれば何れ、何事も上手くいくはずだ。


辛いことも乗り越えて、生きていけるのだ。

守るということ、それは傷つくことなのではないかと思う。


人は何か大切な者を守ろうと必死になる、けれど必死になるだけでは守れるものも守れないのかもしれない。


守るということ、それは自分を犠牲にして大切な者を守るということだと思う。



何かをなしに何かを得ることはできないように


同等の対価が必要なだということなのだ。



同等の対価なしで、何かを得ようとするのは愚かなことだと思う。



それと同じで傷つくことのおびえていては守るものも守れなくなる。


ただ、逃げるだけの日々を送ることになるんじゃないだろうか


そして人にとって傷つくということは大切なことでもあるのではないだろうか


傷つくことで、自分を鍛え上げ、さらなる高みへ目指すことができるのだと思う。



だから、それ以外のことで逃げ出そうというのはいいかもしれない。


けれど、傷つくのが怖いから、と逃げるのは良くないのではないだろうか


大切な者を守ろうと思うなら尚更だ。


それなりに人は傷つくべきなのだ。



たとえ辛くても、いつかはどんなことにも耐えられるようになるはずだから・・・。



End