ビートルズ・カヴァー ソフトロック編 第一部 | 馬鹿も休み休み言いなさい

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前回から何回かに分けて、数多あるビートルズ・カヴァーの中から各ジャンル毎に10曲づつ紹介していますが、第2回目は、ソフトロックグループによるビートルズカヴァーです。

ソフトロックというのは、確か、当初、日本だけで使われていた言葉ではなかったでしょうか…

欧米では地域によって、サンシャインポップやバブルガム、ソフトポップなどと呼ばれていましたが、近頃では、あちらでもソフトロックと呼ばれるようになったようです。

前回ご紹介したサイケデリックロックとは時期的に被っていますので、選別が難しいところはありますが、やはりソフトロックの醍醐味は、コーラス、ハーモニーではないでしょうか。

前回同様、スタジオ録音されており、かつ正式に音源化されたものに限定して紹介したいと思います。

但し、各ジャンルの定義につきましてはあくまで独断と偏見によるものですので、それは違うだろなどという反論は認めません。

また、今回は、話がかなり脱線しますので、そちらも合わせてご了承ください。


それでは、早速見て参りましょう。


一曲目は、ご存知ソフトロックの代表選手Roger Nichols & The Small Circle Of Friendsのアルバム『Roger Nichols & The Small Circle Of Friends』

に収録されている「With A Little Help From My Friends」です。

このアルバムにはもう一曲I'll Be Back」のカヴァーも収録されており、どちらも甲乙つけ難いです。

ちなみに、当時、このアルバムは全く売れなかったそうです。

しかし、A&Mの共同所有者であるハーブ・アルパートは、ニコルズをA&Mパブリッシングにスタッフソングライターとして雇うことを推奨し、ポール・ウィリアムズに紹介されました。

これは、カリフォルニア州のクロッカー・ナショナル銀行の重役がニコルズのアルバムを聴いた後、彼らにジングルを書くよう依頼したからでした。

締め切り前の最後の日に数時間で作曲された。このCM(ウィリアムズが歌っている)をテレビで聞いたリチャード・カーペンターは、この曲がヒットする可能性があると考えました。ドキュメンタリー「Close to You: Remembering The Carpenters」によると、ウィリアムズはレーベルメイトのリチャードから電話があり、完成した曲があるかと尋ねられたと語っている。ウィリアムズは「追加のヴァースとブリッジがあったが、なかったら嘘をついていただろう。これはカーペンターズのレコードを手に入れるチャンスだった。リチャードとカレンが私たちの曲に命を与えてくれた」と答えています。

「2人はまだ始まったばかり(We've Only Just Begun)」は、その後、CMに使われた以外の部分を作り、それをリチャードがアレンジしました。この曲は、アレンジャーとしてのリチャードの能力と、ボーカルとしてのカレン・カーペンターの能力が最も発揮されているということで、リチャードは「カーペンターズの代表曲を挙げるなら『愛のプレリュード』だな」と語っていたそうです。

『We've Only Just Begun』

は、1970年8月21日、シングルA面として発売。(We've Only Just Begun) B面は「私のすべてをあなたに(All of My Life)」。カーペンターズのヴァージョンは、『ビルボード』で、1970年10月31日から4週連続2位、この年の年間ランキングにおいて12位を記録しました。

この曲は、他の多くのアーティストによってカヴァーされ、中でもカーティス・メイフィールドによってカバーされたものがヒットしました。


翌年、ポール・ウィリアムズとロジャー・ニコルズは、フィフス・ディメンションのため「Rainy Days and Mondays」を書きましたが、取り上げられず、この曲のデモ・テープを聴いたリチャード・カーペンターが、カーペンターズで取り上げることを決め、1971年4月23日にリリースし

Billboard Hot 100では2位に達し、カーペンターズにとって4作目の全米トップ10シングルとなりました。『ビルボード』誌のイージー・リスニング・チャート(後のアダルト・コンテンポラリー・チャート)では4週に渡って1位を獲得しました。


1972年6月13日にリリースしたアルバム『ア・ソング・フォー・ユー』

に収録された「I Won't Last a Day Without You」は、2年後の1974年3月25日、シングルA面曲としてリリースされ、

同年5月25日付のビルボード・Hot 100で11位を記録しました。ビルボードのイージーリスニング・チャートにおいては1位を記録し、全英シングルチャートで9位を記録しました。


他にも、ニコルズ・ウィリアムズの曲で、アメリカのロックバンドThree Dog Nightが1970年にリリースした「Out In The Country」


は、トップ10に達しました。


他のヒットは、Bill Laneと共に書かれ、ポール・アンカが演奏した「Times of Your Life」


は、1976年1月にアダルトコンテンポラリーチャートで1位に達しました。


そうやって花開いたRoger Nichols ですが、日本で、これだけ人気が出るようになったのは、

1987年、このアルバムのレコードが当時のキャニオンレコードによって、音楽プロデューサーの長門芳郎の監修のもと世界で初めてCD化されたことが大きかったし、そのCDのライナーノーツを当時ピチカート・ファイヴの小西康陽が担当したことが、90年代に渋谷系と呼ばれたグループの多くが、オマージュ作品を発表しました。

そして、その日本人気にあやかった形で1995年に日本限定のアルバム『Be Gentle With My Heart』

が新譜としてレコーディングされ、リリースされました。




2曲目は、1967年にリリースされたThe Free Designの1stアルバム『 Kites Are Fun』

に収録されている「Michelle」です。

彼らは2ndアルバム『You Could Be Born Again』

にも「Eleanor Rigby」を収録していますが、どちらも甲乙つけ難いコーラスワークス聴かせてくれます。


フリーデザインは、ニューヨーク州デレバンを拠点とするボーカルグループで、メンバーは家族でした。

彼らはメインレコーディングキャリアの間にあまり商業的な認識を得られませんでしたが、彼らの作品は後に日本の渋谷系と呼ばれるミュージシャンによって再評価されるようになりました。

グループは1967年から1972年にかけて7枚のアルバムをリリースしました。

1972年にバンドが解散した後、長兄のChris Dedrickはソロアルバム『Be Free』


を録音しましたが、2000年までリリースされませんでした。

弟のBruce Dedrickは1969年に、ニューヨークのロックバンドThe Sermonのシングル「You're Never Gonna Find Another Love」

をプロデュースし、デドリック家のメンバーがバックボーカルを担当しています。8月16日、このレコードはビルボードホット100の「Other Picks」に選ばれました。



3曲目は、1967年にリリースされたThe Pleasure Fairの唯一のアルバム『The Pleasure Fair』

に収録された「The Things We Said Today」です。

彼らは1966年にThe Rainy Day People名義でシングルをリリースした後、本アルバムにも収録されたシングル「Morning Glory Days」

をリリースし、1967年7月にBubbling Under Hot 100で34位にランクインし、ビルボードシングルチャートにランクインした唯一の曲となりました。


1969年にリリースされたMercyの2ndアルバム『Love Can Make You Happy』

「Ob-La-Di, Ob-La-Da」


フロリダ州タンパ出身のアメリカのポップ グループで、ヒット シングル「Love (Can Make You Happy)」が、米国ビルボード ホット 100 シングル チャートで 2 位、アダルト コンテンポラリー チャートでも 2 位にランクインし、一躍有名になりました。このグループには、ビルボード ホット 100 でヒットした曲「Forever」がもう 1 つあり、1969 年 6 月に 79 位にランクインしました。元々、彼らは、1968年にフロリダのタンパにある小さなレコード会社Sundi Recordsから

映画『Fireball Jungle 』

の主題歌としてシングル「Love (Can Make You Happy)」

をリリースすると、たちまちヒットしました。

シングルがチャートで急上昇する中、The Mercyと名乗るグループがアルバム『Love (Can Make You Happy)』

をリリースしました。このアルバムにはSundi Recordsで録音した他の曲とオリジナルメンバーが録音していない曲がいくつか収録されていました。

そして「Love (Can Make You Happy)」

は、Warner Bros. 傘下のSeven Arts Recordsで新しいバンドメンバーを加えて再録音されました。そして、前述のアルバム『『Love Can Make You Happy』』に収録され、米国のビルボード200アルバムチャートで最高38位を記録しました。Mercyにはビルボードホット100でヒットした曲がもう1曲あります。1969年6月に79位に達した「Forever」

があります。

ちなみに、The Mercyの『Love (Can Make You Happy)』にも「Hey Jude」のカヴァーが収録されています。



1967年にリリースされたThe Blades Of Grass の唯一のアルバム『The Blades Of Grass Are Not For Smoking』

に収録の「Help」 
The Blades Of Grass は、1967年にニュージャージー州メイプルウッドで結成されたアメリカのサンシャイン・ポップ・バンドです。
The Blades Of Grassは1967年にデビューシングル「Happy」

をリリースし、ビルボードホット100で87位に達するヒットを記録しました。しかし、カリフォルニアのサンシャイン・ポップ・グループ、The Sunshine Companyも、ほぼ同時期に「Happy」

の独自のカバーをリリースし、ビルボードホット100で最高50位になりました。

メンバーのBruce Amesはインタビューで、「「Happy」の別のバージョンがあると知らされたとき、私たちは不意を突かれてショックを受けました。私の記憶では、マネージャーたちも同じように驚き、動揺していました」と回想しています。 The Blades Of Grassの「Happy」のカバーは東海岸で非常に好調だったが、The Sunshine Companyは西海岸でより良い成績を収めました。

続くシングル「 I Love You, Alice B. Toklas!」は、同名映画『 I Love You, Alice B. Toklas』

の主題歌として録音されましたが、1968年初頭にHarpers Bizarreによる別バージョン

が映画で使用されたため、The Blades Of Grassのバージョンは、チャート入りしませんでした。

その後、1968年に、デビューアルバム『The Blades of Grass Are Not for Smoking』や、シングルが数枚リリースされましたが、どれも商業的成功を収めることができず、その年のうちに解散しました。しかし、本アルバムには、カリフォルニアを拠点とする多くのサンシャイングループと一貫性のある軽快なボーカルハーモニーと重厚なオーケストラサウンドが楽しめる素晴らしい作品です。


1969年 Harpers Bizarre『Harpers Bizarre 4』

「Blackbird」

先ほども名前の挙がったHarpers Bizarreは、1960年代のアメリカのサンシャイン ポップ バンドで、1963年、米国カリフォルニア州サンタクルーズでThe Tikisとして結成されました。

The Tikisは、サンフランシスコのレコードレーベルAutumn Recordsから1965年に「If I've Been Dreaming」

1965年に『Lost My Love Today』


をリリースして、地元では人気がありました。

1967年、Warner RecordsのレコードプロデューサーLenny Waronkerは、Simon & Garfunkel の曲「The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy),」の権利を手に入れ、ヒットシングルにしようと考えていました。そこで目を付けていたThe Tikisに白羽の矢を立て、Leon Russellによって作成された Brian WilsonやSwingle Singersのハーモニーを彷彿させるアレンジメントを使用をしてこの曲を録音しました。この曲は、The Tikisのファン層を遠ざけないように、新しいバンド名「Harpers Bizarre」でリリースされました。

「The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)」

Harpers Bizarre版のこの曲は、1967年4月に米国ビルボード・ホット100チャートで13位に達し、それまでのThe Tikisの成功をはるかに上回りました。この曲は英国シングルチャートでも34位に達しました。


「The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)」でチャートを駆け上った後、同年に、Glenn Miller Orchestraのカヴァーシングル「Chattanooga Choo Choo」

をリリースし、ビルボードポップチャートで45位に達し、1968年にイージーリスニングチャートで2週連続1位を獲得しました。

しかし、その後は、同じレベルの商業的成功を得ることが出来ず、バンドは1969年に最後のアルバムである本アルバム『Harpers Bizarre 4』をリリースした直後に解散しました。


Ted Templemanは、Van Morris、Bette Midler, やCarly Simonなど、多くの有名アーティストの音楽プロデューサーとなり、また、Van Halenやthe Doobie Brothersなど、多くの新人アーティストのキャリアの立ち上げに貢献しました。


1976 年、グループはTed Templeman抜きで一時的に再結成し、アルバム『As Time Goes By』をリリースしました。 


この後、まだまだ続きますが、ちょっと長くなりそうなので、一旦、中断します。

続きは第二部へ


番外編

1967年 The Alan Copeland Conspiracy 『A Bubble Called You』

「Here, There And Everywhere」


次点

1971年 Punch『Punch』

「Blackbird」

「While My Guitar Gently Weeps」



1969年Unauthorised Version『Hey Jude』

「Hey Jude」


1970年The Neighborhood 『Debut』

「She Said, She Said」


1969年 Today's People 『Hello World Meet Today's People』

「The Fool On The Hill」


1697年 The Sunshine Company – Happy Is

George Harrison「I Need You」

「Rain」J. Lennon-P. McCartney


1973年 Barnaby Bye - Room To Grow

「She's Leaving Home」

Written-By – John Lennon & Pau


1972年 Heaven Bound - Heaven Bound With Tony Scotti

「I Will」


1967年にリリースされたThe Cyrkle の2ndアルバム『Neon』

に収録された「I'm Happy Just To Dance With You」です。



番外編

おそらく最も多くのビートルズカヴァーを行っているグループがThe Now Generationではないでしょうか。


彼らは、1969年にリリースした1stアルバム『The Now Generation』

「Get Back」


1970年『Hits Are Our Business』

「Michelle」  

1970年『Come Together』

「Come Together」


1970年『Let It Be』

「Let It Be」


1970年『Bridge Over Troubled Water』

「Woman」と「Michelle」をカヴァーしています。