【3.11】あれから3年。 皆さんは2011.3.11のことを覚えていますか? | 爆音屋 byYUUKI

爆音屋 byYUUKI

2015年から更新休止中です。
いつか復活するかと想いますが、今はTwitterのほうが人気があるからしないかもしれないですw


ちょうど今から3年前の現在の時刻。気仙沼湾は炎上し、行方不明者が多数。余震は今までにないほどに発生し、東京では帰宅困難者が多数。 皆さんはあの日のことを覚えていますか??

地震発生時僕はちょうど小6で、教室で漢字テストをやっていました。その時ユラユラと揺れ始めて、だんだんと揺れが大きくなりました。その時は少し大きな地震だな。と感じましたが、校長先生の校内放送で、「東北が大変なことになっている。テレビを付けてなさい。」という放送が流れました。その時もうすでに津波が来ていてどんどん建物が流されていくのを見ました。その時は「もう日本が終わってしまうのではないか」とも思いました。

そして3年たった今。テレビで被災地の特集をやっていますが、復興は徐々に進んでいるのだと思いました。しかし原発の周辺は2011年3.11で時が止まっているように思えました。あと10年後どうなっているのでしょうか? 

昭和、明治、安政、慶長と三陸沖で津波を伴う大きな地震が発生していたようです。その時経験した人が、後世のために石碑を作ったそうです。しかし、先人の教えを守らず、石碑より下に建てた家が多く流されたようです。 それを繰り返さないように、石碑だけではなく、代々語り継ぎ風化させないことが大切なのだと思いました。また三陸の一部には巨大な防潮堤がたてられていました。人々はその防潮堤を信じ込んで、逃げ遅れたようです。 人が作ったものには絶対はなく、一番大切なのは、自らの行動なのだと感じました。現在も巨大な防潮堤を建設しているそうですが、果たしてそんなものは必要なのでしょうか? そんなことよりも避難路の建設や高台への移転のほうが重要なのではないでしょうか?

犠牲になった方々へ、心からご冥福をお祈りいたします。