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乳児期の記憶が残りにくい「脳のしくみ」の一端を解明 (2/2) - ナゾロジー(産総研)
赤ちゃんの脳は「白紙」ではなく、むしろ「配線だらけ」だった
私たちはよく、赤ちゃんの脳を「白紙」にたとえます。
生まれたばかりの脳にはまだ何も書かれておらず、経験を重ねることで、少しずつ記憶や知識が書き込まれていくというイメージです。
しかし今回の研究は、少なくとも記憶に関わる「海馬CA3回路」という脳領域について、このイメージとは違う可能性を示しました。
海馬は、記憶の形成に重要な脳領域です。
その中でも「CA3」と呼ばれる領域は、記憶を保存したり、断片的な手がかりから過去の出来事を思い出したりする働きに深く関わっています。
研究チームは今回、「生後まもないマウス」「若いマウス」「成体マウス」という3種の海馬CA3を調べ、神経細胞同士のつながりを詳しく記録。
3種のマウスの脳領域を観察した画像がこちら赤ちゃんマウスが最も接続過多だった。
すると、生後まもないマウスのCA3ネットワークは、予想に反して非常に密につながっていました。
しかも、そのつながり方は整理されたものというより、局所的でランダムなものに近い状態でした。
ところが成長するにつれて、神経細胞同士の過度な接続は減っていきます。
一見すると、脳の機能が落ちているようにも思えます。
しかし実際には、これは脳が効率を失っているのではなく、不要な接続を刈り込み、より精密なネットワークへ作り替えている過程だと考えられます。
研究では、CA3内の接続確率は、生後初期から成体にかけて大きく低下していました。
つまり記憶回路は、白紙の状態から線を書き足すように作られるのではありません。
むしろ最初は過剰に線が引かれており、そこから不要な線を消して、使いやすい形に整えられていくのです。
研究者たちはこの状態を、白紙を意味する「タブラ・ラサ」ではなく、最初から満たされた板を意味する「タブラ・プレナ」に近いものとして捉えています。
赤ちゃんの脳は空っぽなのではありません。
むしろ、最初から多くの神経接続を備えた“配線だらけ”の状態で始まっている可能性があるのです。
つながりすぎた脳では、記憶が「ぼやける」
では、なぜそれほど多くのつながりがあるのに、乳児期の記憶は残りにくいのでしょうか。
鍵になるのは、記憶の「量」ではなく「精度」です。
今回の研究では、生後まもないマウスのCA3回路では、個々のシナプスの影響が非常に強いこともわかりました。
シナプスとは、神経細胞同士が情報をやり取りする接続部分です。
若い脳では、たった1つの入力だけで次の神経細胞が発火してしまう場合がありました。
これは、回路がとても反応しやすい状態にあることを意味します。
一方、成長した脳では、1つの入力だけでは神経細胞は簡単に発火しません。
複数の入力が同時に集まって、はじめて次の神経細胞が反応するようになります。
この違いは、記憶の作られ方に大きな影響を与える可能性があります。
若い脳では、神経細胞が簡単に発火するため、さまざまな経験が広い範囲のネットワークを活性化しやすくなります。
しかしそのぶん、異なる出来事同士の活動パターンが重なりやすくなります。
たとえば、ある匂い、ある声、ある場所の感覚が、それぞれ別々の記憶として整理される前に、大きく重なった活動として処理されてしまうかもしれません。
すると脳は、「これは昨日の出来事」「これは別の場所での出来事」というように、記憶を細かく区別しにくくなります。
記憶はまったく作られていないわけではありません。
ただし、その記憶は大まかで、境界があいまいで、長期的に残るほど精密ではない可能性があります。
このことは、私たちが乳児期の出来事を思い出せない理由を考えるうえで重要です。
乳児期の脳は、何も感じていないわけでも、何も学んでいないわけでもありません。
むしろ多くの情報を受け取り、活発に反応しています。
しかし、その情報を大人のように細かく分け、安定した記憶として保存するための回路は、まだ発達の途中なのです。
成長とともに、脳は過剰な接続を刈り込みます。
そして、少ないけれども構造化されたネットワークを作ります。
その結果、神経細胞はむやみに反応するのではなく、必要な入力がそろったときだけ選択的に反応するようになります。
この変化によって、記憶はより区別しやすく、より安定した形で保存されるようになると考えられます。
つまり、乳児期の記憶が残りにくいのは、脳が働いていないからではありません。
脳があまりにも広く、強く、そしてまだ粗くつながっているために、記憶が細部まで固定されにくい可能性があるのです