『微酔なる君との戯れを』 後編
「開けてみて下さい」
差し出された桐箱を受け取り、蓋を開けてみると…
そこには、少し不格好だけれど桜色した花柄のお茶碗がちょこんと納められていた。
いつか私に何かを贈りたいと考えてくれていた沖田さんは、私が食い入るように見ていたお茶碗を手に入れようと、再度お店を尋ねてくれていて。
陶芸家の、「作ってみませんか?」の一言を受け、挑戦してみることにしたのだそうだ。
「沖田さんの手作り…」
「……はい。初めて挑んだので、あまり上手に作れなかったけれど…」
「嬉しいです!とっても…」
沖田さんが、私の為に心を込めて作ってくれた物。
嬉しくない訳が無い。
気に入らないはずが無い…。
あの時、店内で観たどの作品よりも心が惹きつけられた。
「正直、刀以外の物に触れるなんて思ってもみませんでした…」
「……本当に、ありがとうございます」
桐箱の中から、そっとお茶碗を取り出して思わず顔を綻ばせる。
――世界でたった一つ。
私だけの宝物。
「ずっと、大切にします…」
「……良かった」
そう言って、沖田さんは長い睫毛を揺らして微笑んだ。
それから、私達は時間の許す限り寄り添いながら語り合い。陶芸に挑んだ時の話を、まるで子供のように得意げに話す沖田さんが可愛くて…。
私はその無邪気な笑顔に包まれながら、とても幸せな一時を過ごすことが出来たのだった。
――あの夜から、一週間が過ぎたある日のこと。
お茶碗のお礼がしたいと思っていた私は、秋斉さんにお願いして新選組屯所へお邪魔する機会を得ていた。
久しぶりの屯所は、相変わらずの慌しさで。捕り物に出掛けたままの沖田さんを待ちつつ、まずは当番の方々と掃除洗濯に勤しみ、
それらを終えた私は、屯所内で飼っている鶏や豚を利用して玉子料理や、豚汁を作ろうとしていた彼らを手伝った。
そして、昼餉の準備が整い始めた丁度その時――。
「只今戻りました」
廊下に爽やかな声が響き渡った。
沖田さん達が戻って来たことを確認して、心臓がドキドキと高鳴り呼吸をするのも難しく感じながら、着替えを済ませてやってきた彼らを笑顔で迎え入れる。
「お帰りなさい!」
次々と、隊士の皆さんがお膳の前に腰掛ける中。沖田さんは、私を見つけるとすぐに駆け寄ってくれた。
「今日はどうなさったのですか?!」
「お休みを頂くことが出来たので、この間のお礼に何か手伝えないかと思って…」
まだ少し驚いた様子の沖田さんに訪れた理由を話すと、「ようこそいらっしゃいました」と、言って満面の笑顔を返してくれる。
「あの夜は、どうなるかと思いましたけれど。貴女の泣き顔や、怒った顔まで見ることが出来た…」
優しい微笑みを浮かべながら話す沖田さんを上目使いに見やって、
「私……何か変なこと言ったりしていませんでしたか?」
「……言っていたような」
「えっ!本当ですか?!」
不意に綺麗な悪戯っぽい顔を見せられてドキドキと身を強張らせる私に、沖田さんは微笑みを浮かべたまま、「嘘です」と、呟いた。
「え……?」
「すみません、貴女のくるくる変わる顔が面白くて。つい…」
「お、沖田さぁぁん…」
やっぱり涙目になる私に、沖田さんはくすくすと笑って。
「そのどの表情も可愛かった…」と、囁いた。
(……っ……)
これ以上ないくらい真っ赤になっているであろう頬を押さえ込むと、沖田さんは、またそんな私を見て笑いを堪えるようにして、配膳中の隊士達に目を向ける。
おかずと汁物が置かれた御膳の上に、次々と御飯が配られ始める中。
目の前のお膳に置かれていったお茶碗に目を奪われた。
(……あれ、私のと色違い…)
それは、沖田さんが私にプレゼントしてくれたお茶碗と同じ花柄模様だった。
「あのお茶碗は……」
「……見つかってしまいましたね」
(……えっ……)
沖田さんは、私に内緒話をするようにして声を潜めながら言った。
「じつは、陶芸家の先生が、どうせなら夫婦茶碗を作ったらどうだと仰られて…」
「夫婦茶碗を…」
「はい。私達のことを覚えていたらしく……どうやら、夫婦だと間違われたようです。そう尋ねられて、迷わず頷いてしまいましたが…」
どうしようもないくらい心臓がドキドキと高鳴る私にそれだけ言って、沖田さんは照れくさそうに俯きながら御膳の前に腰掛けた。
恥ずかしさから、頬を押さえ込んだままその広い背中を見つめて――
(……ふ、ふ、夫婦ぅぅ?!それも、迷わずに頷いてくれた…)
呆然と立ち尽くす私を余所に、隊士の皆さんの挨拶が一斉に終わって。それぞれが食事に手を付け始めた。
甘い余韻に浸る暇も無いまま、早くも次々とおかわりをしようとする隊士の方々に応対しつつ。
空になりそうな沖田さんのお茶碗を確認して声をかけると、沖田さんはまた照れたような微笑みを浮かべながら残りの御飯をかき込んで、そっと空になったお茶碗を差し出した。
「では、お願いします」
「……はい」
色や大きさは違うけれど、受け取ったお茶碗は私のとお揃いで――
嬉しくて、嬉しくて。
顔が綻ぶのを必死で堪えながら、御飯をよそって。
「お待たせしました」
手渡すと、沖田さんも嬉しそうに、「ありがとうございます」と、言って微笑み返してくれる。
(何だか、二人だけの秘密を持てたような…)
私は、ぽかぽかと心が温かくなっていくのを感じながら、いつまでも大好きな人の笑顔を見つめていた。
今はまだ別々だけど…
いつの日か、お互いのお茶碗が“夫婦茶碗”として並べられる日が来ることを夢見ながら。
【終わり】
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このお話はフィクションです。
未成年者の飲酒を推奨するお話ではありません。
未成年者の飲酒は、法律で禁じられております。
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