艶が~る一周年記念企画
「微酔なる君との戯れを」
無事に公開完了いたしました。

始まりは、蟻んさんから頂いたメッセでした。
以前から大人組やらで蟻んさんの小説は読ませて頂いていたので、憧れの物書きさんです。
そんな方からのメッセ、どきどきしながら開くと、今回の企画のお誘いでした。

うっそん。

というのが正直な感想(笑)
だってちょっと、そんな豪華キャスティングの中にわたしがいるなんておかしいじゃないですか。

だけど悪魔が囁きました。
(おま、ちょ、これチャンスじゃん。こんな人たちと一緒にイベント出来るんだぞ!)

はい。誘惑に負け、「やります!!」と即答。


ところがですね。
絵師さまとコラボということで、自分の組む絵師さまは自分で自由に探して良いのですけど、
いかんせんわたし交流のある絵師さまなんて殆どいらっしゃらなくて。←


でまた悪魔が囁いた。
(お前が書くならどうせ高杉さんだろ?高杉さんのイラストと言えば!)

このときはさすがに一旦打ち消しました。
いや引き受けて下さるわけないだろうと。
そりゃね、常々高杉さんの素敵イラストは拝見してました。
わたし、その方のイラストは大好きなんです。
けども、微塵も交流のない、しかも艶小説ばっか書いてるわたしからそんないきなり企画に誘われたって、
怪しいだけじゃございませんか。


とか何とか思いつつ、結局、高杉さんならこの人にスチル描いてもらいたいという分不相応な欲望からメッセを送りつけたんです。

それが、ほたる@さん。

そして何と、ご快諾頂きましたヽ(;▽;)ノ


うおおおおマジかああああ
ほたる@さんにイラスト描いて頂けるのかああああ

大興奮のゆきんこでしたが、
参加者が正式に決定した時点で血の気が引きました。
わたしの憧れの物書きさんが集結してるじゃないか!!
どう考えても私だけレベルが違う。。

いやああああ((((;゚Д゚)))))))

まあ今更どうしようもなかろうと腹を括り。
蟻んさんの素敵な一幕にまたもやビビりながら、何とか書き上げたのが今回の二幕です。

(実はゆうごんさんの龍馬さん編と粗筋かぶっとる!ってなって大幅改変したのはここだけのヒミツ。
元の話なんて私も忘れちゃいました←)

スチルの挟みやすさとか何も考えずに書いたので、ほたる@さんには多大なご迷惑をおかけしたことと思います。

ラストにスチル入れようというのは二人で合致したのですけど、
他にどこに入れろと(笑)ぐらいの絵師泣かせな流れ。
相談の結果、真ん中にもう一つ挟もう!ということであのシーンになりました。


つーかラフをほたる@さんがお送り下さった時の感動ったらないですよ!!

まずアイテムである扇子のデザイン。
あれ見た瞬間、一人で悶死しました。
それからラストスチルのラフに吐血。←
彩色された作品を見てもっかい死にました。
二枚目のラフなんて、わたしが可愛い高杉さんを見たいばっかりに言い出した我儘も快く取り入れて下さって…

本当に、ほたる@さんには何から何まで感謝の限りです。

そうして夢のような作業が終わり、公開を待つまでのどきどきったらないですよ!!←

他の物書きさんはどんなの書かれたのだろう、わたしだけしょぼかったらどうしよう、でもほたる@さんの絵で盛り上がるはず←
などなどぐるぐる。

結果、公開日には皆様の温かい感想も頂き、幸せな気持ちでこのイベントを終えられそうです。


まあまだ終わってないけどね。
たぶん三幕書くしね。


コラボイベントなんて、そもそもこんなイベント自体初めてで右も左も分からない中でしたが、
蟻んさんの細やかなフォローだとか、参加者さまの優しく温かな対応だとか、
ほたる@さんの高杉さんへの愛だとか、
色んな方に励まされてここまで来ました。
本当に、本当に参加できて良かった。

またやりたいなあああなんておこがましいことを考えてますw






んあ、そうだ、
今回、こちらのブログで初めてわたしの小説を読んで下さった方々、
中には今後も読みたいーと仰って下さる方もいらっしゃるようです。
本当にありがたい限りです。

が。
恐らく今後、このブログで作品を発表する機会はほぼないと思います。
現在、わたしは主にグルっぽで活動していて、今後、特にそのスタイルを変える気はありません。
まあ諸事情による、ということでご理解頂ければと思います。

なので、もしわたしの作品に興味を持って下さった方がいらっしゃいましたら、わたしの運営しているグルっぽ
「個人的小説集:艶編」
においで下さい。
18歳以上の方なら自己責任でお迎えしております。

普段は艶小説ばっか書いてるので、ご不快な方は…うーん、そうだなあ、
あ、一言下されば、艶じゃない小説だけアメ限でブログに上げるとか、何かしら対応します。
まあ殆どないですけど←


ではでは。
ゆきんこはまた棲息地をグルっぽに戻し、まったりと高杉さんへの愛を叫びながら艶小説を書きたいと思います(笑)


本当に参加できて良かった。
参加者のみなさま、本当にお疲れさまでした。
素敵な機会を下さった蟻んさん、
スチルによって作品を完成させて下さったほたる@さん、
本当にありがとうございました。

そしてお読み頂いた全ての方、ありがとうございました。

ではまた。



三味線の音がする。
ふわふわした、白っぽい世界の中で。

少し聴いただけで、高杉さんの音色だとすぐに分かって、わたしは小さく微笑んだ。

音色に連れて、高杉さんがふわりと立ち現れる。
三味線を奏でる高杉さんが、わたしは何より好きだ。

いつもは人を射抜く鋭い目線が、柔らかくわたしを見つめている。
伸びやかな声が、知らない曲なのに懐かしく思わせる旋律を奏でる。
長く硬い指先が三味線の弦を的確に押さえ、大きな掌が撥を繊細に跳ねさせる。
時折伏せられて翳る目線から、微かに和らいだ頬から、わたしを包み込むような、暖かな感情が滲み出ている。

景色も時間もない世界で、高杉さんの音色だけが、真っ直ぐに飛び込んでくる。
それだけで、わたしは容易く満たされてしまう。

……子守唄、だろうか。

包まれるような安心感。
今日の高杉さんは優しい。
だから調子に乗ったわたしはもっと甘えたくなって手を伸ばす。

何だか不自由にならない腕を持ち上げ、高杉さんに向かって伸ばすと、ふつりと旋律が止んだ。
同時に、優しい目線も靄のように掻き消えてしまう。

だめ。
行かないで。
わたしを独りで置いて行かないで。
この世界から、いなくならないで。

寂しくなってもがくけれど、身体は相変わらず不自由で、高杉さんを見つけることすら出来ない。
勝手に涙が溢れて……

そして、優しく拭われる。


現実の感触にびくりと震えて眼を覚ますと、心配げな顔でわたしを覗き込む高杉さんと眼が合った。
わたしは布団に寝かされていた。腕が布団を跳ね除けている。
喉が渇いている。身体が熱い。頑張って声を絞り出すと、少し掠れた声が転がり落ちた。

「たか、すぎさん?」
「魘されていた。嫌な夢でも見たか」
「え……だって、高杉さん……三味線を…それで、急にいなくなって……」

思い出して、また涙が零れそうになる。
掬い上げるように気遣わしげな優しい声と、わたしの髪をそっと梳く手。

「落ち着け。俺はここにいる」
「本当ですか?」

起き上がって、高杉さんの頬に触れる。
あたたかく、やわらかい。
確かな温もりに安堵して、嬉しくて、三味線を片手に抱える高杉さんの、空いた方の肩に寄り添う。
眼を閉じて、身体全体を預けるように寄り掛かる。

わたしの肩に腕をまわしながらも、戸惑うように高杉さんがわたしの名を呼ぶ。
そうすると、耳をつけた肩から高杉さんの声がわたしの頬を伝って、振動として感じる。
高杉さんの動揺も心配も、いつもよりも直接的にわたしの中に沁みていくようで。
何だか楽しくなってきて、わたしは声を上げて笑った。
何故だかあまりまわらない呂律で、高杉さんの耳に吹き込むように囁く。

「あったかくて、きもちいいです。ふふ」
「……っ」

引き剥がすように離され、高杉さんが溜息を吐く。
大きな硬い掌がわたしの頬を包んだ。

「まだ酔ってるな。……全く、お前は放っておくとすぐ無茶をする」


お酒のせいですっかりご機嫌なわたしには、高杉さんの言葉も耳に入らない。
ふふふと笑って、もう一度寄り掛かる。
高杉さんはまたわたしを腕の中におさめて支えながら、いつものように、薄い唇の端を妖艶に持ち上げた。

「それとも何か、酒に任せて誘ってるのか?」
「んー……そうかも知れないですね。今日は何だか高杉さんに触れていたいし、触れて欲しい気分です」
「お前な……」

ことり。
高杉さんが呆れた溜息と共に身じろいだ瞬間、何かが畳に落ちた。

「これ、何ですか?」

拾い上げてみると、細長い包み。きちんと刺繍がなされた薄布でできている。
うっすらと透けて見える中身を取り出してみると、それは扇子だった。

「きれい……」

竹製の細身のものだった。
開いてみると、地の色は淡い桜色から艶やかな赤紫を経て、しっとりとした紺へと色が移り変わっていく。
そして紺地の部分から大きく凛と咲き誇る白菊。
そして桜色の中に、流れるように散る白露。
息を呑むほど流麗で優雅な、一幅の絵のような。
骨の部分にまで、細やかな透かし彫りが施されている。
要の金具からは鮮やかな飾り紐が伸び、先に二つの硝子玉が付けられている。
おまけに、軽く揺らすとふわりと優美な香りが漂った。お香が焚き染められているようだ。
華やかながらも上品で、明らかに高価な品物だとわかる。
そして、男物ではないということも。

見惚れていた扇子から顔を上げて高杉さんを見遣ると、意地の悪そうな笑みを浮かべている。

「贈り物だ。惚れた女への」

おくりもの。
ほれたおんな。

ぐるぐると思考が渦を巻く。

おくりもの。贈り物?
誰への?
おんな。女の人?
惚れた?
高杉さんの、好きな人?
おんなの、ひと。


「島原の女でな。今までに出逢ったことのないような、とびきり面白い女だ」
「その人のこと、本気で好きなんですか……?」
「ああ。根っから惚れている。俺としたことが、骨抜き同然だな」

高杉さんの切れ長の瞳が、柔らかく緩む。
その人のことを本当に想っているのが伝わってくる優しい瞳。
その眼が愛おしげに笑うほどに、わたしの心はぎゅうぎゅうと棘に刺されるようで、呼吸すら苦しい。

わたしの知らない、女の人の影がちらつく。
わたしの知らない高杉さんがそこにはいて、けれど彼女はその姿をきっとたくさん知っている。
だって、この高杉さんが、ほねぬき、なのだもの。
きっととても大人で色っぽくて艶やかで高杉さんにお似合いの美人なのだろう。

どこの誰、なんて陳腐な言葉が浮かびかけて、途端にしぼむ。
わたしに、そんなことを問い質す権利があるだろうか。
これだけ素敵な人が、ずっとわたしを大事にしてくれるなんて思ってた?
そもそも、気に入っているとは口にしても、高杉さんは確定的な言葉をくれない。
ちょっと面白いからからかってるだけ?

自覚はしてなかったけれど、お酒のせいなのか、わたしの感情はひどく揺らぎやすくなっていて、
先ほどまでのふわふわした楽しい気持ちなんて、瞬く間に吹き飛んでしまった。

一度はおさまっていた涙が、また眼の表面を濡らしていく。
溜まった涙は堪えきれずに、ぽろぽろと頬を零れ落ちた。

「おい……」

慌てたような高杉さんの声が遠い。

photo:02




「じゃあ、さっさとその人のとこに行けば良いじゃないですか……っ」

高杉さんが困ったような声色で、わたしの名を呼ぶ。
どうして?
好きじゃないなら放っておいてよ。
優しくなんてしないでよ。
わたしみたいな小娘をからかってないで、愛しい人のところに行ってあげればいいじゃない。

ああ、ともどかしげに呻いた後、三味線をきちんと畳に置いて、高杉さんがわたしに向き直る。

「悪かった」

余計に涙が止まらない。
何を謝っているのだろう。
ちゃんと言葉にする前に振られたってこと?
言わせてもくれないの?

途端、高杉さんの硬く優しい腕に閉じ込められる。
わたしはこの腕を知ってる。
意地悪ばかりしてからかって、だけどわたしが落ち込んだときには絶対に気づいて、彼流のやり方で励まし慰めてくれる。
きっと高杉さんが去ってしまっても、忘れてしまうなんてできない。
高杉さんがわたしのことなんて瞬きほどで忘れてしまうとしても。
と、熱い溜息が首すじにかかる。

「……お前のものだ」
「………え」

たっぷりの間を置いて、間抜けな声で返す。
頭がついていかなくて止まらない涙が、遅れてはらりと落ちた。
長く硬い指先で、きゅ、と拭ってくれる。

「この扇子は、」

とわたしの掌ごと包み込んで。

「お前に贈ろうと思って用意した。疲れているようだったから、慰め程度にはなるだろうと」


高杉さんの言葉を信じられなかったのか、
単に意地悪を返したかっただけなのか。
自分でも分からないけれど、わたしは拗ねたように呟く。

「……本当ですか」
「本当だ」

すぐさま返される真摯な声。
溢れ出す幸福を堪えて続ける。

「じゃあ、証明してみて下さい。高杉さんがこの扇子を贈ろうとした相手は、……高杉さんの好きな人は、わたしだって」

じ、と見つめられる瞳。
烈火と琴線を併せ持つ瞳。
ふと少年のように笑って、高杉さんは無造作にわたしを畳へ押し倒した。

「そこまで言うなら、俺が誰に惚れているのか、その身体に教え込んでやろうか」
「……良いですよ」

ただの強がりだ。
決して嫌な訳ではないけれど、やっぱり少し怖い。
少し冷たく湿った指先をこっそり握り締める。
と、わたしを捉えていた瞳が離れていく。

「酔った女を、それも生娘を、抱く趣味はない」

何それ。
結局、わたしじゃダメってこと?
男の人も知らないような、こんな面倒くさい小娘なんか、高杉さんのお相手じゃないってこと?

「やっぱり浮気なんだ……」

そもそも高杉さんとわたしの関係を、付き合っていると呼べるのかすら定かですらない。
哀しい気持ちがひたひたと押し寄せて、わたしは布団に潜り込んでそっぽを向いた。

と、大きな溜息。
やっぱり、面倒くさいんだ。
押し潰されそうな胸に頑張って空気を送り込む。

はたり、甘い風が後ろから送られる。
あの扇子を、高杉さんがわたしに向けて扇いでいるのだ。
優しい香りが、ぎすぎすしたわたしの心をふわりふわりと包み込んでいく。


振り返らないわたしに、高杉さんは小さく語りかけた。

「……いつも、お前が欲しいと思っている」

たった一言に、大きく心臓が跳ねる。
冷えていた指先にまで熱が通って、とくとくと甘く鳴る。

「この国の未来を憂える時も、月見酒を嗜む時も、三味線を弾く時も。
いつも傍にいてやれなくて、もどかしく思う。だから、こんな風に物を与えて、俺のものだと証を立てたがる。
……都合の良い話かも知れないな。子供染みた真似だろう。俺らしくない。
……だが、らしくなくて良い。お前の笑顔を咲かせることに比べれば、そんなことは些末なことだ」

甘い香りはゆっくりと引いて、高杉さんはまた窓際で三味線を奏で始めた。
知識がないから詳しくは分からないけれど、高杉さんの故郷の唄のようだった。
萩の浜辺を唄った、どこか懐かしい調べ。
或いは、恋しい人を想う、切ない溜息のような。
低くひそめた伸びやかな声で、ゆったりと紡いでいく。

わたしの中で燻っていた醜い疑念や意地が、彼の唄声で溶かされていく。
高杉さんの声は、わたしのちっぽけな不安や嫉妬を全て赦してくれるようだった。
からかわれても意地悪されても、わたしが高杉さんを必ず赦してしまうのと同じように。

わたしはそろりと布団を抜け出す。
枕元に丁寧に閉じて置いてあった扇子を拾い、窓際の高杉さんの傍に座る。
三味線の弦を押さえる指を邪魔しないように気をつけながら、彼の左肩に、そっと寄り添った。
高杉さんは、何も言わず、ただ唄と三味線を止める。


「疑ってごめんなさい。
高杉さんを待つ時間が長くて、寂しくなるときもあるんです。
……高杉さんがいつまでわたしのことを見ててくれるのか、少し不安になっちゃうことも。
だけど、会えない間、どんなに高杉さんが必死で働いてるのか、よく知ってます。
……だから、大丈夫です。
わたしが好きになったのは、とっても国思いの長州藩士で、理想を目指す攘夷志士の、高杉晋作なんです」

高杉さんは身じろぎもせず、返事もない。
わたしは扇子を広げて、小さく扇いだ。
甘く優しい香り。
高杉さんがわたしに注いでくれる愛情のような。

わたしが疲れてそうだからって、こんな高価そうな扇子を、わざわざ買ってくれた。
忙しいであろう高杉さんが、きっと合間を縫って時間を作って、店先に足を運び、わたしにはどれが良いだろうと選んでくれたのだ。

彼がわたしのために割いてくれた時間と労力が、この扇子の裏に隠れている。
それはそのまま、わたしへの想いの大きさを示してくれる気がした。
こんなに嬉しくて、こんなに幸せなことがあるだろうか。

もう一度、甘くも涼やかな、高杉さんがわたしにと選んでくれた香りを胸に送る。

「……良い香り。大切にします」

しゃん、と小さく三味線が鳴る。
高杉さんは唄わないまま、三味線の旋律だけを奏で続けた。
その音に紛れて、はっきりとは聞こえなかったけれど、わたしの耳には確かに届いた。

「必ず、迎えに来る」

三味線の優しい音色。
扇子の甘い香り。
凛とした横顔。
優しく瞬く瞳。

photo:01



柔らかな月に照らされて、二人だけの夜が、ゆっくりと更けて行く。


〈「微酔なる君と戯れを」
高杉 晋作 編 第二幕 終了〉




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このお話はフィクションです。
未成年者の飲酒を推奨するお話ではありません。
未成年者の飲酒は、法律で禁じられております。

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その夜。この日も揚屋で、いつも通りの営業……のはずだった。
――はずだった、というのも……。

○○
「すみません。お待たせした挙句に……」

「ええんや。指名の重なっとる菖蒲を指名して、待つと決めたんはわてやさかいに。菖蒲によろしゅう伝えとくれやす」
○○
「はい、必ずお伝えしておきます」

「○○はんと話せたんも、楽しかったさかい。ホンマおおきに」
○○
「はい!こちらこそ!またお願いします!」

後ろ姿を見送りながら、私は次のお座敷に向かう準備をする。
実は今日、私達が向かった揚屋には、菖蒲さんを指名したお客さんが大勢いて……菖蒲さんが次のお客さんの元へ行くまで、私達新造は、名代として走り回っていたのだ。
それでも、私や一緒に来た他の新造の子だけではお客さん全員の元へは回りきれず――……こうやって、帰るお客さんも何名かはいらっしゃった訳で。
だから、こうして見送った後に、すぐに待っている他のお客さんの元へと急ぐのだけれど……思わず疲れからか、溜息が出かけてしまう。
慌ててそれを飲み込むと私は、次のお座敷の前で一度深呼吸し、扉を開けたのだった。

○○
「失礼します。菖蒲さんの名代で参りました……」
沖田 総司
「……○○さん?」

お辞儀をしてから、私を呼ぶ声に聞き覚えがある事に気づき、言葉もそこそこに頭を上げる。
そこに居たのは――…沖田さんと、土方さんだった。

○○
「お二人も菖蒲さんを呼んで下さったんですね。……すみません、お待たせしてしまって。それでも、まだかかると思うんですけれど……」
沖田 総司
「いえ、大丈夫ですよ。なんだか今日は大繁盛みたいですね」

きっと長い時間、待たせてしまったのだろうと思うと、心がちくりと痛む。
だけど、沖田さんはそんなことなど気にも止めないように、朗らかに笑ってくれて。
それに釣られるかのように、私もまた疲れなど無いかのように、笑ってしまう。

○○
「今日は、菖蒲さんを指名するお客さんがすごく多くいらっしゃったんです。で、お待ちになるお客様もすごく多くて……。……今日はお二人だけですか?」
沖田 総司
「あ……いえ、本当はさっきまで近藤さん達もいたんですけど……」
土方 歳三
「待っている間に、酔っ払っちまってな。先に帰った」
○○
「……本当に、お待たせしてしまってすみません」
沖田 総司
「それはいいんですけど……。○○さん、何だかお疲れじゃないですか?顔色があまり良くないような……」

沖田さんが、私の顔を覗き込み、じっと見つめてくる。
それが何だか恥ずかしくて、視線を逸らすのだけれど……。私がそう思っている事にも気付いていないかのように、彼は微笑んだまま、頭に疑問符を浮かべているようだった。

その時。「コンッ」と、杯を置いた音が響く。その音が耳に伝わったのと同時に、私は土方さんの方へと顔を向けた。

土方 歳三
「……今日、あいつが居ないんだろ?……花里とかいう、同じ新造の」
○○
「……!何で知っているんですか?」
土方 歳三
「ここに来る前に、屯所に慶喜さんが来てな。そうおっしゃっていた」
○○
(ああ、なるほど―……)

即座に、慶喜さんの顔が頭に浮かぶ。
きっと、あの後、その足で屯所へと向かったのだろう。

沖田 総司
「……それじゃあお忙しいですよね。……でも、もし、私に何か出来ることがあったら、おっしゃって下さい。出来る事なら、力になりますから」
土方 歳三
「……お前に『ここで』出来る事なんざ、何もねえだろうが」
沖田 総司
「ありますよ!菖蒲さんを待っていらっしゃる間に、投扇興のお相手をするとか」
土方 歳三
「揚屋に来て、野郎とそんなことする奴がどこにいる」
沖田 総司
「そんなのわかりませんよ。もしかしたら、『土方さんと稽古したい!』っていうお客さんもいるかもしれないじゃないですか」
土方 歳三
「……だから、それは揚屋でやる話じゃねえだろうが」


photo:01





眉間に皺を寄せた土方さんの口から、はあ、とため息が漏れる。
だけど、そんな二人を見ていると、ついつい可笑しくて。思わず笑ってしまって。
その瞬間、沖田さんと土方さんと視線が合う。
途端、なんだかいたたまれない気持ちになってしまい、私は顔を赤らめたまま俯いた。

土方 歳三
「…………総司、帰るぞ」

突然、すくりと立ちあがり、土方さんはそんなことを言う。
二人のやり取りを笑ってしまったことが、不快だったのだろうか。それとも、気付かぬうちに粗相をしてしまったのか、と、心に不安が過ってしまって。

○○
「あの、土方さん……」
土方 歳三
「すまねえな、○○。少しばかり用があるのを思い出しちまった。見送りはいらねえから、次の客のところへ行ってくれ」
沖田 総司
「え?土方さん、用なんて何かありましたっけ?」
土方 歳三
「……………………」

土方さんは沖田さんの顔を一度見ると、何も言わずに私に背を向けて部屋を出て行ってしまった。
きちんと追いかけるべきか、それとも彼の言うとおりに次のお客さんのところへ行くべきか悩んでいると、沖田さんも立ち上がって、内緒話をするように、私の耳元で囁いた。

沖田 総司
「……土方さんは、○○さんが仕事を早く終わらせて、帰ってゆっくり休めるようにと、あんなことを言ったんだと思いますよ。……多分」
○○
(え――……)

そうか、と、彼の話で納得する。確かに土方さんならば――……。

沖田 総司
「だから、私もお先に失礼しますね。あまり無理をなさらぬように。なんでしたら、後で元気の出るものでもお届けしますから。 ……では、また」
○○
「あ……りがとうございます……お気をつけて」

耳元にかかる彼の吐息に、思わず体がぴくっと反応してしまう。
それを悟られないように、と、私は耳を手で隠したまま、深々とお辞儀をして彼を見送ったのだった。






○○
「……ただ今戻りました……」

置屋に到着して、私は菖蒲さんの着替えを手伝おうと、疲れた体を叱咤して下足を脱ぐ。
すると、「お疲れ様」と菖蒲さんが私に声を掛けてくれた。

菖蒲
「今日はホンマにおおきにどした。疲れたやろ?わての着替えは他の子に手伝ってもらうさかい、今日はもう部屋でお休み」
○○
「え、でも――……っ!」

二の句を告げようとすると、菖蒲さんにそれを止められる。
そうされてしまうと、それを反故する気力もなくて。
私は大人しく「ありがとうございます」と言って、深くお辞儀をした。

??
「ホンマお疲れさん」

頭を上げる直前、真横から聞き慣れた女の子の声が聞こえる。
驚いて顔を上げると、そこには花里ちゃんが立っていた。

○○
「花里ちゃん、帰ってたんだね。おかえりなさい。どうだった?祇園の方は」
花里
「へえ。皆ぎょうさん喜んでくれて、ホンマに楽しかったわぁ。
……それに、○○はんもお疲れさんどした。どやった?今日は。無理せえへんかった?」
○○
「無理はしてないと思うけど……花里ちゃんが、どれだけすごい人で、どれだけ居ないと困るか良く分かったよ」

事実、彼女のやっている掃除の箇所の多さに広さ。揚屋で他のお客様を楽しませる技術。話の仕方や、酔っぱらったお客様のかわし方。花里ちゃんが居ない事を悲しむお客様も結構いらっしゃって――……。
自分の仕事もあったし、皆に手伝ってもらいはしたけれど――手伝い無しでそれらをこなしている彼女を……前からそうではあったけれど、もう一度心から尊敬していた。

花里
「……わてなんて、ほんま大したことしてへんのに、そないに言うてもらえるなんて……」

その時。感極まりそうな彼女の背後を、湯呑を持ったまま、鼻歌を唄っている番頭さんが通る。
花里ちゃんはそれに気付いて、くるりと振り返ると、番頭さんが持っていた湯呑を取り上げた。

番頭
「!?これ花里!何すんのや!」
花里
「さ、○○はん。これはわてからのとりあえずのお礼や!さ、ぐぐっと!!」
○○
「え、でもそれ番頭さんのじゃ……」
花里
「ええからええから!ほら、お茶飲み!!」

そう言って彼女は私の唇に湯呑を近付ける。

番頭
「花里!待ち!それは……」
○○
「ちょ、花里ちゃ……んんんっ!?」

そのまま、湯呑に入った冷たい液体が私の喉を潤していく。
今日一日中忙しくて、ほとんど何も食べていない、何も飲んでいない状態の体には、その液体が深く深く染み渡っていくような感じがして。
……――だけど、私は何故か、違和感というか、身体に異変を覚えていた。

○○
(………………ん?これ……)

こくり、と。湯呑の中の液体を飲み干した途端、顔がぽおっと熱くなるのを感じる。
自分の物ではないように、だんだんと早まる鼓動。揺れる視界。異常を感じたのか、私の名を呼ぶ花里ちゃんの声が、遠くに聞こえてくる。

花里
「○、○○はん!?」
番頭
「……せやから、止めたんに……」
花里
「番頭はん!これ中身、何やったんどすか?」
番頭
「……わてがこっそり飲もうと思うとった冷酒や。
……大体そないなもん、○○はんのような疲れきった体に与えてもうた……っ!?危ないっ!!」

番頭さんの叫び声と花里ちゃんの悲鳴が聞こえる。それが自分に向けられているものだなんて、気付く余裕もない。
目に飛び込んでくるのは、玄関の天井部分。――ああ、私、倒れるんだな。そう、他人事の様に考えながら、自分の体が倒れていくのを感じて。

花里
「っ!?―――はんっ!!」

花里ちゃんが、ここにいるはずのない、「あの人」の名前を呼ぶ。それを耳にしたところで、私の意識は完全に途絶えたのだった。


〈一幕 終了〉




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このお話はフィクションです。

未成年者の飲酒を推奨するお話ではありません。

未成年者の飲酒は、法律で禁じられております。

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〈二幕を読む〉


茶碗………………………物語を読む


亥の子餅…………………物語を読む


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*二幕公開は9/30(日)21:00となります。