人間の生き方 | 作家 福元早夫のブログ

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人生とは自然と目前の現実の、絶え間ない自己観照であるから、
つねに精神を高揚させて、自分が理想とする生き方を具体化させることである

 ゲーテ(1749年1832年)はドイツを代表する文豪で、小説『若きウェルテルの悩み』、『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』、叙事詩『ヘルマンとドロテーア』、詩劇『ファウスト』などの重要な作品を残した。

 

「ファウスト」は、15世紀末から16世紀にかけて、ドイツに実在したという、錬金術師のファウストの事跡をもとに形成された民間伝説の主人公である。

 博学で、悪魔との契約で魔力を得て、享楽と冒険の遍歴生活を送るが、神に背いた罰で破滅する。
「ファウスト」は、
ゲーテの戯曲で、二部からなる。第一部は1808年、第二部は32年刊である。民間の伝説に取材している。

 

 ファウスト博士が、悪魔のメフィストフェレスと、魂を賭けた契約をして、世界を遍歴する物語である。第一部ではグレートヘンとの悲恋、第二部では理想の国家建設への努力と、純粋な愛によって救われた魂の昇天が語られる。

 

「ファウスト」について

 16世紀初頭のドイツに出現して,やがて伝説上の主人公となった魔術師の名である。伝説の上では,ヨハネス(ヨハン)・ファウストとして登場するが,実在のファウストのほうの名は,ゲオルクだったといわれる。

 

 ゲオルク・ファウストは,1480年ころに生まれて,ハイデルベルクなどで神学を学び,各地を遍歴して,ルネサンス期の自然哲学の知識を身につけ,人文主義者と交わった。

 彼の人物像は,すでに生前からさまざまな魔術師の伝説と混同されていて,さらに彼の突然の死(1536-40年ころ)が,悪魔が彼の生命を奪ったとする伝説に拍車をかけることとなった。

 

 1587年にフランクフルトで出版されたシュピースの民衆本の中で、はじめて伝説上のファウスト,すなわちヨハネス(ヨハン)の生涯が物語られる。

 そこでは,ファウストは飽くことを知らぬ生の享楽と、無限の知的好奇心を満足させるために、悪魔に魂を売り渡す。

 悪魔は彼に、魔術の世界を開く鍵を伝授して,数々の奇跡を実行する能力を授けたのである。

 

 これに続いてまずイギリスのC.マーロー(1588)が,ドイツではレッシング(断片),ゲーテ,F.M.クリンガー(1791),N.レーナウ(1836),ハイネ(1851,バレエ台本),20世紀に入って,トーマス・マンの《ファウスト博士》(1947),バレリーの《モン・フォースト》(1946)が、このテーマを扱い,ファウスト伝説を豊富にした。

 

 ファウスト〈テーマ〉は、救済型と破滅型に分かれるが,ゲーテのファウストのみが救済されて,他はそれぞれの時代思潮からとられたテーマに従って、一般に破滅型である。

 多くの音楽家もまたそれぞれ重要なファウストをテーマとする作品によって、この伝説を一般化するのに貢献した。

 

 絵画ではドラクロア(1825)が、ファウストの最も情熱的な解釈者として有名である。

 マーローのファウスト劇は,民衆本の茶番的要素が多く含まれているが,権力への意志と容赦なき罰との間の悲劇となっている(《フォースタス博士》)。

 

 ゲーテのファウスト劇は、1773年の《ウルファウスト》をもって始まり,90年に《ファウスト断片》として引き継がれて,《ファウスト》第1部は1808年に出版された。

 ここではファウストは、メフィストフェレスの魔術の力を借りて若がえり,清純な庶民の娘グレートヒェンを誘惑して,生まれた子どもとともに彼女を捨ててしまう。

 

 嬰児殺しの罪で、グレートヒェンはファウストの名を呼びながら死刑に処せられるが,悔悟によって堕地獄から救われる。

 ファウストは彼を動物性へと陥れると主に誓ったメフィストと,彼自身の力によってその救済を確保する手段を彼に許した神との間で,いわば善悪の間に永遠に引きさかれた〈人間の状況〉のシンボルとなっている。

 

 32年に出版された《ファウスト》第2部は、詩人ゲーテの成長の各段階を反映して,第1部よりはるかに象徴性の強いオペラ風のものとなっている。

 

 第1部の外部に向かう行動意欲や,生の享楽といった主観的自我拡大の情熱的な努力に対して,第2部は,宮廷,母たちの国,ワルプルギスの夜,ヘレナ悲劇,将軍ファウストなどの場に見られるように,客観的な世界獲得の方向が顕著である。

 

 ファウストの死も,グレートヒェンの祈りによる救済として,人間の努力の彼岸にある超越的な恩寵による結末である。

 第3幕のヘレナの場では,ファウストと美の根源としてのヘレナの結婚を通じて,時空を超えた,北方と南方,ギリシア古代と中世ドイツとの壮大な象徴的結合が映像化されている。

 

 20世紀のファウスト劇では,T.マンの《ファウスト博士》の場合は、主人公である現代のファウスト作曲家レーバーキューンは,その創作にあたって悪魔から逆に魂(情熱)を吹き込まれねばならず,バレリーの《モン・フォースト》では,本来の術策が古びてしまった悪魔と主人公ファウストとの古来の役割は交換されてしまう。

 

 両者ともに,魂を喪失した現代におけるファウスト精神の意味が,それぞれの個性的表現を通じて強烈に提示されている。

 とりわけマンの場合は,ドイツの20世紀半ばの社会や政治,そして文化的,精神的な危機状況が、レーバーキューンの造形に色濃く反映されていて,マンの最後の大作であった。

 

 ゲーテ(1749年1832年)はドイツを代表する文豪で、小説『若きウェルテルの悩み』『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』、叙事詩『ヘルマンとドロテーア』、詩劇『ファウスト』など重要な作品を残した。

 

 人間の生き方について彼は語っている。

「あなたにできること、あるいはできると夢見ていることがあれば、今すぐ始めなさい。向こう見ずは天才であり、力であり、魔法です」