連載小説・福元早夫小説集
「 工 場 」
【連載にあたって】
この本は1960年に集団就職してから、1985年まで製鉄所ではたらく著者が描く工場の内側と、労働の意味や時代の変貌を写す工場小説集である。(著書の帯から)
(作家 佐多稲子さんの跋文から)
「福元早夫さんの作品に寄せて」
小説を書こうとするとき作者は、否応なしに自分自身に立ち向かいます。描く対象に一歩でも深く迫ろうとする作業は、自分を引き上げる闘いでもありましょう。
福元早夫さんが、「文学をやってなければ、中卒の工員というコンプレックスにひっかかりつづけただろうか」というのは、福元早夫さんの実感であるだけでなく、同時に、書く、 という作業の持つ激しい闘いを語っています。
福元さんが、書くという作業において初めて、自分が見え、労働の意味も見えたというのは、その作業のもつ力でありましょう。
労働の現場にあって、実感に根ざした認識と感覚によるその創作は、福元早夫さんの個性を鮮明にするものです。福元さんの作品がそれを示しています。
人間と労働という、もっとも根本的に平常でもある内容が、文学に生かされることの意味は大きく、それは作者を高めたと同時に、作品は読者に働きかけて、読む者の視野を拡げるものでありましょう。
労働の現場において書かれた文学の価値は、人間自身の解放に結びついているものです。
一九八五年 七月 佐多稲子
佐多稲子 (さた いねこ・1904―1998 )
昭和から平成の日本を代表する女性の小説家。明治37年9月25日、長崎生まれ。昭和3年に「キャラメル工場から」を発表。
長崎で被爆した友人の画家の死と、中国人との恋愛を描いた「樹影」で野間文芸賞受賞。「時にたつ」で川端康成文学賞。「月の宴」で読売文学賞などをうけた。ほかの作品に「私の東京地図」「くれなゐ」など著書が多数あって、「佐多稲子文学全集」全18巻がある。
平成10年10月12日死去。94歳。