身近な人の死を子供にどう伝えるか?~星になったあの子の思い出~ | フランス流自分らしい子育てで、ママも子供も笑顔になろう!

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イヤイヤ期の息子に振り回されてばかりだった私に、あるフランス人のママが教えてくれました。「ママが夢を叶えて幸せに生きている姿を見せることで、子供は安心して成長していけるのだ」と。ママが幸せになるための秘密がつまった「フランス流」の魅力をお伝えしていきます。

 

先日、こちらの記事の中で

3歳の息子が「どちて坊や」になっている

というお話をしましたが

 

子供に伝えるのが難しい事柄の1つは

やはり「死」についてではないでしょうか。

 

フランソワーズ・ドルトーの

育児相談ラジオ番組の中で

 

「死」について子供にどう説明したらよいか

というテーマについて語られた部分が

ありましたのでご紹介します。

 

死生観については

個人の思想や信条にも関わることですし

絶対正しいという答えもありませんので

 

あくまで、お子さんに話をする時の

1つのヒントになればと思います。

 

(ドルトーって誰?と思われた方は

こちらの記事をご覧ください。)

 

 

《生きているから死ぬことになるのです》

 

ドルトーによると

子供は3歳くらいから7歳くらいまでは

不安を覚えることなく死について質問するそうです。

 

なので、怖がらせてはいけないなどと思わず

丁寧に教えてあげることが大切なのだといいます。

 

私たちは生きているから死ぬことになる

 

生についての定義は死によるしかなく

死についての定義は生によるしかない

 

あらゆる生き物は、生まれた日から

自分を死へ導いていく道筋の途上にあるということを

子供たちは潜在的に非常によく知っているのだそうです。

 

具体的には

「生きるのをおしまいにしたら、

私たちは死ぬのよ。」

 

「あなたは生きるのをおしまいにする

時にしか死なないのよ。」

 

こんな風に答えてあげると

子供はとても安心するのだそうです。

 

そして何よりも大切なことは

もし身近な誰かが亡くなったら

その知らせを決して子供に隠してはいけない

ということです。

 

子供は、家の人たちの表情が

変わっていることに気づきます。

 

でもなんとなく不安で、

何があったのか思い切って尋ねることが

できないでいる場合も多いのです。

 

そんな時に、大人が嘘をついたり

話をはぐらかしたりすると

子供の心に重大な影響を及ぼすそうです。

 

例えば、ドルトーの元に

ある時から成績がガクッと落ちたといって

診察に来る子供の多くが

 

祖父や祖母の死がきっかけになっていて

そのことを子供にきちんと話していなかった

というケースだったそうです。

 

子供に身近な人の死を知らせないことは

子供を犬か猫のように扱って

共同体から除け者にすることだ

とすらドルトーは言っています。

 

 

《星になったあの子の思い出》

 

私には、幼なじみがいました。

名前はじゅんちゃんといいます。

 

母が仕事をしている間、

祖母の家に預けられていた私は

 

その隣の家に住んでいたじゅんちゃんと

毎日のように遊んでいました。

 

でも、じゅんちゃんは

生まれつき心臓が弱くて

走ることも、たくさん歩くこともできませんでした。

 

いつも唇が紫色で

顔色もあまりよくないのですが

 

それでもいつもニコニコしている

優しいじゅんちゃんが大好きでした。

 

小学生になり、

私たちは同じクラスになりました。

 

授業が終わると、

私は、背中に自分のランドセルを

お腹にじゅんちゃんのランドセルをしょって

2人で一緒に下校するのですが

 

学校の門を出ると必ず

じゅんちゃんのお母さんが車で迎えに来ていて

 

いつもそこでお別れになってしまうのが

すごく寂しかったのを覚えています。

 

小学2年生になったある日

じゅんちゃんは心臓の手術を受けることになりました。

 

私の母も、じゅんちゃんのお母さんも

学校の担任の先生もみんな

 

「じゅんちゃんは病気を治すために

手術を受けることになったんだよ。

 

退院したら必ず走れるようになるから

みんなで応援しようね。」

と言っていました。

 

そこで、私はクラスのみんなと

千羽鶴を折ったり、お手紙を書いたりして

じゅんちゃんを応援しました。

 

そして、じゅんちゃんの

8歳のお誕生日の日

 

私はクラスのみんながそれぞれ用意した

誕生日プレゼントを預かって

大きな袋を抱えながら帰りました。

 

家のドアを開けると

玄関に置いてある電話のそばで

母がうずくまっていました。

 

よく見ると、母は泣いていました。

 

「じゅんちゃん、死んじゃったんだって。

手術頑張ったんだけど、ダメだったんだって。」

 

母は声を上げて泣きながら

私にそう言いました。

 

私には、母の言っている意味が

全然わかりませんでした。

 

「退院したら一緒に走れるようになるよ」

というみんなの言葉を信じて疑わなかったからです。

 

お葬式で、私は友達の代表として

じゅんちゃんへのお手紙を読みました。

 

じゅんちゃんにはもう会えない

ということはわかったけれど

 

なんでそういうことになったのかが

やっぱりわかりませんでした。

 

涙も流すことができませんでした。

 

すると、年上のいとこが私に

「友達が死んじゃったのに

泣かないなんて冷たいんだね」

と言いました。

 

そう言われて、

自分なりに納得しました。

 

ああ、私がいけなかったんだと。

 

きっと私がじゅんちゃんを

いっぱい歩かせちゃったからだ。

 

それともケンカをした時に

あんな酷いことを言ったからかな。

 

ヒーローごっこをしたとき

悪者の役ばっかりやらせちゃったし。

 

じゅんちゃん、きっと私のこと

怒っているだろうな。

 

それから毎年、

じゅんちゃんのお誕生日には

母と一緒にお線香をあげに行ったのですが

 

私は、じゅんちゃんの遺影に向かって

心の中で謝り続けました。

 

大人になった今ならよくわかります。

 

じゅんちゃんの心臓は手術をしないと

助からない状態だった

 

手術をしたとしても

助かるかどうかわからない状況だった。

 

じゅんちゃんが亡くなってしまったのは

誰のせいでもないのだと。

 

でも、そのことを当時の私に教えてくれる人は

誰もいませんでした。

 

それは、病気や死について詳しく話して

子供を不安にさせてはいけないという

親心だったのかもしれません。

 

それでも、もし誰かが教えてくれていたら

私はもっと違った気持ちで

 

じゅんちゃんの遺影に

向き合えたのかもしれません。

 

 

もしお子さんの身近で

大切な誰かが亡くなったら

 

子供だから詳しいことを

言う必要はないだろうと思わずに

 

本当のことを丁寧に

伝えてあげてほしいと思います。

 

生きている人はいつかは必ず

死んでしまうものなんだよ

 

だから君のせいじゃないんだよ

と言って安心させてあげてください。

 

そうすればきっと、

もっと楽しい思い出ととともに

 

大切なその人を思い出すことが

できるようになるのではないかと思うのです。

 
 
 

最後までお読みいただき

ありがとうございました。

 

 

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