[mixi より転載]

ジャズ好きな人なら聞いたことあると思いますが、横浜野毛町(最寄駅は桜木町)に[超]有名な老舗のジャズ喫茶「ちぐさ」がありました。「名門中の名門のジャズ喫茶」と呼ばれていたようです。開店は1933年(日本最古)、マスターが弱冠20歳のときだったそうです。その「ちぐさ」が惜しまれながら去る1月31日に閉店しました。

桜木町駅の海側は「みなとみらい21地区」といって、ここ20年ぐらいでできあがった新しい街です。ベイブリッジにランドマークタワー、ショッピングモール、国際会議場などがあります。横浜の中で最も変化の激しい街かもしれません。鉄道も乗り入れました。

この「ちぐさ」は、その反対側(山側)の野毛町の古い商店街の中で、よーく探さないと通りすぎてしまうような店構えで74年間営業を続けてきました。今回の閉店は「ちぐさ」が建っている一帯が再開発によってマンションに生まれ変わるからだそうです。

実は「ちぐさ」は過去に二度閉店しています。敗戦間際とマスターの吉田衛(まもる)さんが亡くなった時(確か1995年頃)です;マスターひとりでやっていたようなもんでしたから。しかし、常連の熱意に励まされ、実妹の孝子さんが後を引き継いで再開店してこれまで続けていました。

輸入盤が高価で入手が困難な1960年代にジャズ喫茶は貴重なオーディオルームとして大盛況を呈したそうです。秋吉敏子、渡辺貞夫、日野皓正…日本のジャズシーンを代表し、かつ世界的に認められた優れた演奏家の多くがこの「ちぐさ」でジャズを学んだと言います。

僕も、故吉田衛マスター存命中に、一度だけ訪れたことがありました。学生時代は、下宿の目と鼻の先にジャズ喫茶があり、毎日のように入り浸っていた僕でも、ジャズの聖地の横浜の本格的なジャズ喫茶「ちぐさ」では、めちゃめちゃ緊張しました。もちろん、リクエストを促されましたが、できませんって;それもラスト・リクエスト!。

入口のドアを開けると、右にコーヒーサイフォンの乗ったカウンター、壁面にはLPジャケットを掲示し、左奥にスピーカが鎮座していました。テーブルは4卓ぐらいしかなく、椅子もクッションの壊れたようなソファーでした。メニューもコーヒーと紅茶ぐらいしかなかったと思います;いや、あったかもしれないけど、そんなものはオーダーしてはいけないような雰囲気でした。マスターは一杯ずつ丁寧にコーヒーを入れてくれました。

店には何人かの初老の常連らしきお客(当然のように一人づつ)が、冷めたコーヒーカップを睨んで、曲に聴き入っていました。スピーカー側の壁には、ここから巣立った秋吉敏子や日野皓正らのサイン入りパネルや、マスターとにこやかに写った写真が飾られていた。閉店までの2時間ぐらい居たでしょうか(途中でなんか出られません!)。何を聴いたか緊張しててほとんど覚えていません。でも、まさに『昭和』がそこに在ったような気がしました。

その後、訪ねる機会を逸し、今回の閉店を向えてしまいました;ちなみに、TVニュースによれば、最後にかけたレコードはマスターの好きだったビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビー」のA面だったそうです(知ってるので良かった!)。マスターが戦前から収集してきたレコードは6000枚を超すそうです。常連客や愛好家らが寄贈先などを検討していますが、めどは立っていないそうです。

今は、iPodが当たり前のようになっていますが、音楽や音源が貴重であった時代には、みんな真剣に「聴いて」いたんだなあと思いました。まだ、CDプレーヤーが高くて買えなかった学生時代に、テープに録音して何度も聴いた曲は本当によく覚えています。レストランやお店でBGMで流れていても、アドリブの部分で誰のどのアルバムの曲かまでわかっちゃうもんね。

最近の情報量は半端じゃありません。一度も聴いてないジャズCDが100枚を越えている自分が悪い事をしているように感じました;これでも、ここ数年はあんまり買ってないんですけどね。あー、初心に返ってゆっくり聴くかな。