妻が癌になってやっと解った無力で駄目親父の反省と日常

妻が癌になってやっと解った無力で駄目親父の反省と日常

一つ年下で最愛の妻が、卵巣癌になってしまった事で一生懸命病気と闘った妻を横目に…一般常識が無い私の行動が、病気の妻とその親戚の間に挟まれて苦悩させてしまった事や一緒に病気と闘ったつもりでいた駄目な親父の反省と愚痴をさらけ出してみました。その他現在の日常も

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お天気が良く長男最高の運動会日和になりました


水筒も2リットル入る物を持っていき


空っぽです


怪我なく帰ってきたことが、よかったです

  

(妻とのキセキと旦那愚痴 ⑫-6)

 夜妻からのメールには、治療を行うにあたって、買わなければいけないものが出てきたとの事…

 慌てて電話した、確かお金はかけないようにしましょうと、先生は何度も言っていたのに、どういうことなのか確かめたかった

 妻が言うには、先生が最低限使う物だということで、昼間に持ってきて、すでに使い始めているとの事だった


 1、体を温める為の岩盤浴効果のあるベットマット15万


 2、マッサージ用クリーム(体の悪いと頃に塗る事でよくなる金粉入   りクリーム)8万


 3、アルーラボディジェル 7千5百


 4、健康食品のコラーゲン 1万5百


 5、チベットの薬(ローヤルゼリーのような錠剤)7万5千

 合計32万3千円いきなりの請求だった

 ホテル滞在費と、スッポンなどの食量代しか考えていなかったので、焦った

 残金は免疫療法代一回分しか残っていなかったのでいきなり残りが半分の30万になってしまった

 クリーム代は姉が使うから払ったと聞いたが、次の日にはきっちり返しておきたかった




 次の日、早速、お昼が終わってから、お見舞いに電車で向かった

 部屋には妻と母の三人がいただけだった


 昨日は先生が一緒に泊まってくれたらしい

 まずお金だけ先に渡して、母にも材料費を払おうと思ったが、スッポンは一度鍋で煮ると3日ぐらい注ぎ足し注ぎ足しで作るのでまだ大丈夫との事だった
 
 驚くべき事に、あれだけ痛がっていた背中の痛みが消えたとの事

 まるで背中にゴルフボールを押し込まれグリグリされているような痛みだったのに

 しかし妻の母が、私にこの間テレビで中国のお医者さんに騙された人の特集をやっていたらしく、私たちが騙されているのではないかと、心配してくれたが、迷わず「お姉さんの信頼している方なので大丈夫なのではないですか」と答えた

 よくなってきているので、喜ぶべき事なのに、私の顔はこのホテルに滞在し始めてからまだ一度も笑顔にならなかった

 妻の姉が、毎日来てマッサージしてくれたりしてくれるのがありがたかったが、妻を助けているのは私なんだという様な態度に…私は思ってはいけない感情になっていたのかもしれない


 その日は、先生と政治家の奥様がやっているセミナーに妻と姉、母が参加するらしく、私は直ぐにお店に帰った

 帰りの道のり、今度は自分の両親も一度ご挨拶がてらお見舞いに来なければいけないと思い、次の日の定休日に行く事にした

お天気がクルクルと…


晴れだった朝


お昼過ぎから雷


そして雨


薄手の洗濯物は乾いたが…


お昼の営業時の雨はやめてほしい…(涙)


しかし


ラジオで


竜巻注意報は初めて聞いた(驚)


黒い雲にちょっと、緊張(;´▽`A``


今週は、長男の運動会だが


中学になると観にいかない約束なので少し楽(*^▽^*)



 (妻とのキセキと旦那の愚痴 ⑫-5)

 家に帰ると、子供達に説明をした、少し遠い所へ、入院するような感じだと話した


しかし今回はホテルのウイークリーマンションなので、休みの日にお見舞いに行くと、ホテルのプールに入れる事などを知ると、いつもの入院とは違い、みんな、にこやかに妻を送り出す事ができた




 次の日、私のお店は営業日なので、朝早くに出発して8時前にはホテルについてしまった




 早くて悪いかなとは思ったが、部屋まで行き荷物を運んだ、軽い引越し程度の荷物になった

 先生と政治家の奥様は、起きたばかりらしく、朝食を一緒にと昨日の残りでご飯を出してくれた

 とりあえず10日間この部屋を、借りたのでその部屋代は先生や政治家の奥様も使うという事で、宿泊代を折半する事になった

 18万円の内9万円を支払い、その後は経過を見て続行か否か決める事になった

 丁度、政治家の奥様が地元に帰らなければならなかったらしく、私の車で一緒に帰る事になった

 その道中、中国の先生がどんな方か一生懸命説明してくれた

 気を自由に扱い、食事療法で治せるのなら、今までやってきた治療はなんだったのかと思ったが、女性ではあったがあの自信に満ちた言葉と態度に、半信半疑では合ったが任せてみてみたいと感じた

 しかし、今!先生は数年前に、日本で治療中に、違法な治療だと訴えられていて、裁判の末、今は医師の免許停止中だとの事だった

 でも、妻の姉に先生が目の前でマッサージなど教えながら治療をするから大丈夫だと言われた、先生はあまり直接やらないらしい

 私は姉の紹介でこの治療を始めた事が、あまりよく思っていなかったが、どんな治療であれ妻が治るならと思い任せた

 その夜 妻からのメールが来た、その内容に少し焦り電話してみた

順調に減っていた体重が、リバウンド(T_T)


やっとの思いで、池中玄太の体重より少なくなったのに…


この間の、ジムでの体重計で1.1キロまたもやオーバ~(汗)


美味しい物を沢山食べたわけでもなく…


連休も休みなく働いたのに…


ジムには行けなかったが


引込め~お腹~


次の健康診断まであと…


4日ヶ月!!


今年こそメタボ脱出や!!

長男の怪我も完治して、PCの占領が少し和らいだ


先週、長男の誕生日祝いに久しぶりの外食!


主役が、食べたい物が行先


もんじゃ食べ放題になりました!!


久し振りであったが、前回までは、食べ放題の後半は、満腹になった子供達の残り物を私が処理する係だったが…


時間一杯まで、食べてもみんな満腹に満たされなかった


子供達の成長を感じました


身長も156cmとまだ三人の中では一番小さいが


靴のサイズ25cmは三人共同じになりました


男の子ですからこれからだとは思いますが…


プレゼントは、デイズニーランドのチケット


夏休みに、友達と行くためだそうです


今年は、安上がりになりました


去年までは、ゲーム機だのゲームソフトだのと結構高額でしたから(汗)


そして


来月は


次女の誕生日


何が欲しいか


なかなか言いません


怖い微笑みです


節約せつやくセツヤク…

来月が怖い…



 (妻とのキセキと旦那の愚痴 ⑫-4 )

 営業時間よりも少し早く、お店を出ることが出来た

 誰かの家に行くのかと思ったが、永田町駅の近くにあるホテルの一室に来るように言われた

 来る時に、塩とお酢を持ってくるように頼まれた

 部屋に着くと、妻と母親、姉、弟の他に、中国の先生と政治家の奥様がいらした

 テーブルには数品の料理が並べてあった

 一つはスッポンを一匹まるまる使ったスープ、後は野菜をいためた物や、トマトと玉子いため、ほとんどの物に、にんにくと唐辛子が入っていた、ご飯は、米ともち米を半分ぐらいづつ混ぜた物を炊いていた

 その食事を私も食べる事になり、その間に妻は私が持ってきた塩とお酢を使ってお風呂に入り体を温める事になった

 食事をしながら今後の治療について説明を受けた

 まずホテルだと思っていた、その部屋は、ウイークリーマンションのような所で、ここに寝泊りをして治療したいと言う事だった

 政治家の奥様が、この部屋を寝泊りに使っていると言う事で、夜は先生もしくは、その奥様が一緒に泊まることが出来、その二人が泊まれない時は家族の誰かが泊まればいい、昼間はその部屋でヨガや体操をしてもらう…料理の仕方は母親に教えたので毎朝母親が来てその料理を作ってもらう、とりあえず明日から2週間やってみたらどうかと言われた

 妻の母も、「アメ横の、どのお店でスッポンや食材を買うのか、料理の仕方も覚えたから大丈夫」

 しかもこの場所なら母と姉も電車一本で来れる所だし、都合もいいからという話になっていた

 よければ、確認書にサインをしてほしいと言う事だった

 確認書には、中国の先生が言っていたような事とは違い

「病気が悪化しても先生とは関係なく先生にはご迷惑をおかけ致しません」

と書かれていた

 かたちだけだから、一応名前を書いてほしい、と言われ、先生の自信に満ちた言葉と態度にお任せする事になった

 サインを書き終えた頃、お風呂から妻が出てきた、体を拭いた後、椅子に反対に座らされ背中が見える様な座り方、妻の背中をコインで軽くなぞりだし、赤くなった所が、悪い所だと説明を受けた、CTやMRIなどと違いその背中に映し出された赤い所は肺や臓器の所だった

 そう言われると、そう思えてしまうから不思議だった

 今日は一旦家に帰って、着替えや食器、調理用の鍋やポットを持参するように言われてその日は帰る事になった

 妻の母親に、これこれから2週間の食事の用意をお願いして、帰った


抗癌剤を使わなくてもこれで治るのか?


よろしくお願いしますと頼んだ後だったのだが…


不安と期待で帰りの車の中では、信じていいものか否か悩み続けた

先週の月曜日…

期末テストが終わった長男が…


学校から帰って直ぐに、遊びに出かけて行った

私は、来月の消費税の増税に伴い

お店や出前のメニュー等、価格変更の作業&インクや紙等の作業に追われていた…

そんな矢先…

一時間位で長男が帰ってきた…

「やばい…こけた…」

左手を押さえて帰ってきた( ̄□ ̄;)


今までに大きな怪我をした事が無かった長男

直ぐに、骨折していると思い

車に乗せて、整形外科へ

最近、怪我押したことが自分でもなかったため、近所にある整形外科がどこにあるのか解らず迷った

駅前の総合クリニックに整形外科の文字があったのでそこへ行く事に…

取り敢えず、レントゲンさえあれば、状態が分かると思ったのだ

長女が、怪我した昔

近所にあるい医者に連れて行ったが、レントゲンが無く、他の病院を紹介された経歴があるので、そこを重視して選んだ

夕方の出前が始まったところでの長男の運搬だったので、病院に着くと待っている人が一杯(@ ̄Д ̄@;)

中学生になった長男だから、一人で大丈夫だと判断して残してお店にお戻る


こんな時、一人親は体が二つ欲しいと感じる


一時間後、病院から電話が

「骨折をしているので先生からお話があります、すぐに来てくれませんか」

丁度、出前が途切れたので直ぐに向かった

手首の上の大小二本の骨を骨折したが大きい方は上手く元に戻せたが小さい方が元の位置に戻らないので、大きい病院で手術した方がいいと言われて、紹介状を書いてくれた


次の日が、定休日だったので直ぐに行く事に

朝一で行ったにも関わらず、予約優先の大病院…

呼ばれたのは、12時過ぎ…( ̄Д ̄;;


早くした方がいいと、当日の手術をしてくれるように動いてくれた


しかし、全身麻酔で一日の入院が必要になる…

空いてる部屋は…

一日一万円の病室のみ…

早くやってもららえるのであれば、しょうがないと承諾…


二時間後に、手術をしてもらえた…


妻の手術以来の手術室前…


何度やってもこの待っている時間は慣れない…


色んない嫌な事を思い出す最悪の時間でした


しかし、予定よりも早く終わり

針金を入れた状態で成功!


ただいま、静養中の長男


男の子だから骨折の一度や二度はやるくらいがいのかと今になって思う

さてどの位静かにできるかな


ちなみに、再登校した次の日の休み時間にサッカーをしたそうで

早速、カミナリ一発ヾ(▼ヘ▼;)


やんちゃ坊主に只今振り回され中A=´、`=)ゞ


(妻とのキセキと旦那の愚痴 ⑫-3 )

 先生と向かい合い、何を言われるかと思ったが、みんなが居る時に話していた事の復唱しているようで

 「もう抗癌剤は使わない方がいいです、奥様の目に力がありません…」

 「今なら3日、3週間、3ヶ月で治して見せます‥」

 「丁度、満月新月をさかいに、治療に適した時期だし今から始めてみますか‥」

 「気の流れを(体の中から出る波動を正常にする)、整えて食事療法で治していきます、作り方も教えます‥」

 「お金はかけなくても、大丈夫なようにしましょう‥」

 「どうしますか

 先程、妻が泣きながら、うなずいて治療をする事を承諾していたが

 私は冷静に判断しなくてはと思い、何を信じて決めるかは自分の中で幾つかこれまで治療してきた事で治療方針が重なる物があれば頼んでみようと思った、どの医者も最初は「治りますよ」と言うので、それにごまかされないようにと思った

 今は山梨の病院に全てをお任せしてやってみようと、考えていたやさきだったので、その治療の邪魔にならないようにしようと思い、判断の基本はそこにした

 気の流れを整える(波動を正常に)、抗癌剤は使わない、これからはなるべくお金をかけない、家でも出来る治療を

 この3点が私の考えと一致したので、お願いしてみる事にした

 2日後に東京へ講師に上京するので、その時にアメ横に行き、食材を買い、調理の仕方を教えてくれると言う事で、話はまとまった

 気脈鑑定料は一時間以上掛かったが、生徒の知り合いと言う事で2万円にしていただいた(本来はもっと掛かるらしい)

 病院で治療をしてもらう事と、自分達では生姜湿布をするくらいで、よく考えれば、食事を本格的に改善しようとは、考えた事も無かったので新たな教えを気づかせてもらった様に思った

 そして2日後、私は定休日ではなかったので、妻の母と姉、弟が一緒に付き添い買い物と料理を教えてもらう事になった、午前中に上野駅まで妻を車で送り、終わったら迎えに行くつもりだった

 夕方を過ぎてた頃ようやくかかってきた電話は、夜の繁盛時だったので、営業時間が終わる8時過ぎに迎えに行く事になった

 ここからが、新たな波乱の始まりだった…

今週は、雪が降らなくてよかった~

ヾ(@°▽°@)ノ

いい加減…体が悲鳴を上げています…

そんな、今週は二週間ぶりのお休み

先週は、定休日が、祝日と重なってしまったので営業しました

そんな、この間のお休みに

恒例の優待券を使ってジムへ

帰りに、久し振りに自分へのご褒美として、飲みに行きました

いつもは、一人ですが…

先月、長女が実習で大変な思いをした時に、話だけしか聞いてあげられなかってので、今回一緒に飲みに誘ったらOKしてくれました

子供と飲める喜びといろんな話が聞けた夜になりました


(妻とのキセキと旦那の愚痴 ⑫-2気脈鑑定~ )

 小田原に着いたのが、お昼前だった、予約が13時だった為、小田原駅近辺で昼食をとってから、気脈鑑定というものを受ける事になった

 私が想像していた様な年配の人ではなく、若い女性の方だった(といっても30代前後か)

 まず名前と生年月日など少し書いてからは、先生と妻とで向かい合って座り、後は何も言わなくていいからと、妻の手をとり鑑定が始まった

 私達残りの3人はその横で座り、その一部始終を見ている事になった

 体を触ったり、するような事は無く、手をとるだけであとは妻の事を見ていた

 その方もやはり普通の人には見えないものが、見えるらしい(この方が、その様な不思議な力を持つ最後の4人目になった)

 中国人の先生ではあるが、日本人と結婚しており、日本語はしゃべれたが、少し片言になったり、たまに解らない言葉になる程度だった

 沈黙の後、「もう抗癌剤は、やらないで下さい」

 「このままやれば、貴女は11月を持たずに死んでしまいます」

 病院でも、余命勧告など受けた事がなかったので、いきなりショックを受けた

 「目に力が無く、今が限界です…」

 しばらく沈黙の後、「いまなら私に任せれば、3日、3週間、3カ月で直して見せます、抗癌剤に使う位のお金で、中国で点滴をすれば治る‥」

 「隣のお店の奥さんも私が余命1ヵ月を一年以上もたせている、後で聞いてごらん‥」

 「お金をかけなくても、食事療法や、ヨガなど私の家に来れば何でも教えてあげるよ‥」

 しばらくして、妻に「私と一緒に治療してみますか?」

 その言葉に、妻は泣きながらうなずいた

 私はこの、小田原で治療をする物だと思ったので、まだ何もしていないのに、大丈夫なのかなと正直思った

 その後、先生の話は食事療法で、玄米の健康食について研究している政治家の奥様の名前を上げられた、驚くべきその政治家は我が町の選挙区の人だった

 先生は、毎週専門学校に講師として、小田原から上京しているので、後日アメ横で、食事療法の食材を一緒に買ってどこかで作り方を教えてもいいとおっしゃった(その政治家の家で台所でも借りてやろうか、など具体的な話もしてくれた)

 「では治療をするのかは、旦那様と二人でお話をさせてください」

 と言われ、他の3人を部屋から出し、私と先生二人の話し合いになった


 

やっと、この間の雪を除雪して溶けたと思っていたら…

(((( ;°Д°))))

明日は、またもや雪予報雪

出前が出来なくなると売り上げが半減…

喜ぶのは子供ばかり…

そして、バレンタインでもある明日!

我が家の女性陣は、昨日より頑張って何やら台所に張り付いております

(;´Д`)ノ

なぜ?片付けは私の仕事になるのかな~

今夜は、長男と二人で毒味&おこぼれにあやかりますかな(*^.^*)


 (妻とのキセキと旦那の愚痴 ⑫-1 気脈鑑定と中国の治療、漢方)

 9月に入り子供達が学校に通い始め、仕事が暇な時間には妻にマッサージをしてあげられた

 その時間は、二人でいろいろな話が出来た、自分の病気が思わしくなく、妻はよく


「こんなにお金が掛かって治らなかったら、笑い話にもならないね」


とよく言っていた、その度に

「こんなに掛かったんだから治ってもらわなくちゃ」と答えていた


丁度その頃である…

 妻の姉が、その頃カイロプラティクスの専門学校に通っていて、その中の講師に女性で中国人の先生で気脈を操る事もできる方がいて、

「癌は怖い病気ではない」と

姉の授業でよく話していたらしく、妻に個別に診断してもらったらどうかと、話を何度か持ちかけていた

 私たちは、山梨の病院で治療をする事を決めていた為、断っていたのだが、しつこく誘われていたので、一度診察だけでもということになった


 これまでにも混乱になった事も二人で話し合っていたので、冷静に今回の事も話し合って決めた、妻も姉のお誘いに、一度行けば納得してくれるだろうと言っていた

 予約をしたが一度は、向うの都合が合わず、流れたのだが、再度予約を入れてくれたらしく、9月の中旬に小田原にある、その先生の所に気脈鑑定というものを受けに行く事になった

 姉の話では、とてもすごい先生だからという事を言っていたらしい

 この頃の妻の治療は、二回で一セットの抗癌剤も終り、二セット目の三回目をやるどうか悩んでいた


妻はだいぶ辛くなってきており、Iさんの言っていた一回の意味が結果のでる一セットなのか、電話をしたがいらっしゃらず、二人の判断になった

 妻は、背中の痛みがなかなか治らなくなり、体力も落ちてきて顔に疲れが一日中出ていた、でも山梨の病院に行くと、その原因を常に教えていただき、帰りはいつも笑顔で返ってこれた

 三回目の抗癌剤を受ける覚悟ができ、投与をしてみたが、帰ってきてからは、バッタリとすぐに倒れるほどの、体力になってしまった

 そんな状況から一週間がたち、小田原に行く日になった、

 丁度、朝から妻の母親と弟がお見舞いに来てくれたので、4人で小田原まで行く事になった

 姉は都合がつかないようで、行かなかった

本日!
大雪警報が出ているが…

洗濯物の山…

は~

昨日、長男が雪国から帰宅

行く前日に雪が降り、帰ってきたらこちらも大雪

白銀の一週間であった長男

怪我なく帰ってきました

初日は、転んでばかりだったが、残り2日間は滑れて楽しかったようです

やはり、お土産男は沢山のお土産とお話を持って帰ってきました

直ぐに寝るかと思いきや…

本日、練習中止の次女と夜遅くまで大はしゃぎしとりました

布団に入り「やっと眠れる…」ですと

だったら早く寝ろ!!と思いながら寝ました

今日は、子供達に予定が無いらしく、みんなお昼過ぎまで寝とる事でしょう

大量の洗濯物の前で困っている父親を尻目に…(涙)

本日、お店前の雪かきに追われる一日です(汗)

ダイエットにはなるのか~

今朝になって…

「足が痛くて動けないから…今日は車宜しく!」

次女の叫び?


昨日マラソン大会の後も、部活をやってきた凄いな!っと


褒めてあげたのもつかの間…゛(`ヘ´#)


まだ甘えてもらえるだけ良いのかと思いつつも…


ただ…次女の学校近くまで30分位かかるが、ガソリンが安いのでつい行ってしまう

(*^o^*)



さて明日はこちらも大雪の予報


そこえ、本日大量の洗濯物を持って長男が帰って来る…

夏場みたく夜に干すわけにもいかず…

は~洗濯物との闘いだ~

昨日から、長男は長野県菅平高原へ、スキー教室!

明日の洗濯物が怖い…(汗)

お天気は、曇りと出ていたので吹雪の中で滑るよりはいいのかな?

楽しい思いで、作って帰って来るかな~

長男だけは、家族でスキーに連れて行ってあげられなかったから…

初心者グループに入れられて…おまけに班長しかも男一人…( ̄□ ̄;)!!

文句や愚痴が沢山になるかな?


そして次女は、本日マラソン大会!

陸上経験者だが、短距離出身なので昨日から「やだ~」と連呼しながら叫んでいました

どうなったかな~(笑)

 

(妻とのキセキと旦那の愚痴 ⑪-9見えない力 )

 8月に入り、山梨の病院へは、週一で行くようになった

 なんとその病院では、認知症も冷えや体の気の流れなどが悪いのが原因だとの事、どうせ定休日に行くのならと、私の父と母も一緒に行き診てもらう事にした、母も頭痛持ちでよくカイロに行って首辺りをよくやってもらっていたので

 案の定、父の体も、お腹が冷えていて、妻のように首から上に血などがうまく回らず、それが原因で脳に血がうまく回らず、認知症が進んでいる事がわかった

 山梨の病院以外の日は、近くのワンコインで出来るようなマッサージを週に二回位やりながら、妻が行く時に、一緒に来れば大丈夫と、こちらの身になって指導していただき、毎週四人で行く事になった

 私も健康診断代わりに診てもらったらどうか、ということだったが、これだけストレスをため、無理して働いているのだから、何か悪い所が見つかったら自分の気持ちが折れてしまいそうだし、何より治療費を妻以外に使うほど無かったのが、正直な理由でした

 二回目の抗癌剤投与の日が来た、やはり免疫療法をやらずに治療をしていると、かなり辛そうだった

 Iさんにも今回は副作用の影響が強いと言われていたので、ある程度覚悟していたが、みるみる食欲が下がりだし、家では横になる時間が長くなってきた

 夏休みも終わりに近づいてきた頃、次女の全国大会の日が来た

 妻は出かける自信がないと、行けなかった

 晴れの舞台に、家族の応援無しは可哀想だと思い、去年のように遠くの大阪ではなかったので、お昼の営業を終えたら、下の長男を連れて私が応援に行く事にした、

 子供の試合の応援なんて、今回が初めてだった

 ぎりぎり間に合い、妻の分もと、ありったけの声で応援した!!


私の声は昔から大きい事で有名だったので、最初の一発目で子供に聞こえたらしく(あんなに大きなスタジアムなのに)気が付いて苦笑いされた(次からは来なくていいと帰ってから言われた‥)

 全国の壁は高く、予選敗退だったが、娘が一番輝いて見えた

 帰ってから私のビデオの撮影会、妻のようには行かず、バッシングの嵐だった

 嬉しく楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう

 その夏の家族旅行は山梨への病院まで行く事だった、治療している間に観光するだけ、一応子供達は、友達へのお土産も買う事ができた

 そして9月に入り、家族一丸となっている時、また波風を立てられる事が起こった