戦後日本は現行憲法の下且つ唯一の戦争被爆経験から、非核三原則(持たず、作らず、持ち込ませず)を国是としてきました。
確かに憲法の制約、被爆体験からくる核アレルギー、そして日米安保体制下の被保護国として、核抑止については米国の核の傘を頼りに真剣な議論さえせずに済ませてきました。が今や、食うや食わずの生活をしている北朝鮮でさえ核ミサイルを以って恫喝し、中国に至っては米・露に次ぐ核超大国として台湾および我が国の南西諸島にチョッカイをかけている現状においては、「核抑止」というものについて今一度真剣に考え直す時機に来ているのではないでしょうか。
最近北朝鮮の核実験などから「敵基地攻撃能力」という言葉が語られていますが、どういう思いを込めた言葉なのでしょう。
「敵ミサイル基地を先制的に攻撃・破壊して撃たせない」という魂胆なのか。
ただ専守防衛という大戦略(?)を採用している現状では、先制攻撃はちょっと?ということは発射された核ミサイルを撃ち落とすということになり、相当難しい軍事技術が必要になるのではないでしょうか。中には撃ち漏らしも出てくるでしょうし。
日本に対する核攻撃を防止する戦略は、未然防止すなわち「端から撃たせない」という「核抑止戦略」しかないのでは?
「核攻撃を受けそうな場合、同等又は倍返しの報復を予測させることにより攻撃を思い止まらせる」という戦略です。
日本の場合被爆経験からくる国民感情で核武装が無理というのであれば、せめて「非核三原則」を見直して米国の核を受け入れるニュークリア・シェアリングを採用するしか手は無いのではないでしょうか。
核抑止はその力を他国(例え同盟国であっても)に無条件に依存するのは、その信頼性において相当難しいのではないかと思うのです。
僻目の平田




