鷹の目 平田/Hawkeye Hirata -5ページ目

鷹の目 平田/Hawkeye Hirata

Hawkeyeの如く、世界情勢の大局をよく見たいと思います。

 中国が武漢ウイルスという生物兵器をばら撒いて全世界を混乱の坩堝に叩き込んで早2年が経ちました。ウイルスはアルファから始まり自己増殖(?)を繰り返してオミクロンまで変化して世界中が苦しんでいます。
 そこで、このウイルス対処について日本人と西洋人の違いについて何故こうも違うのだろうと僻目で考えていて、ハタと思いついたことがあります。
 その対処法の違い、日本人は律儀にマスクをつけますが西洋人はあまりマスクを付けたがりません。何故なのか?
 結論から申し上げますと、言葉(意思の疎通)の違いではないかと。
 まず日本人は、マスクで口元が隠されていてもさして不便を感じない。
 「目は口程に物を言う」とかいう言葉もあるくらいなので、口元が隠れていても不都合ではない。むしろサングラスで目を隠している方が感じが悪い。
 一方西洋人はどうかと言うと、サングラスで目が隠れていてもさして不便さは感じはないが、口元が隠れていると言葉がハッキリ伝わらないので都合が悪い。
 アルファベットのBとVで唇を噛むか噛まないか、Sとthなどで舌を噛むか噛まないかなど。ま発音で聞き分けるのだろうが、口元も見ているのでは?
 あくまでも僻目の見方ですが、日本人と西洋人の罹患者数(死者数)が極端なので何故だろうと思って。

僻目の平田

 岸田首相は昨年10月の就任後に、戦略3文書について敵基地攻撃能力の保有を念頭に「あらゆる選択肢を排除せず」に検討する考えを示されたそうです。
 これを受け政府は、外交・安全保障政策の根幹となる「国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画」の戦略3文書に関し、年内改訂に向け有識者からのヒアリングを開始し、ヒアリングは3回までに計13人から聴取し、4回目以降は具体的な例えば「レールガン」などの防御方法を探るらしいです。(1/27 産経新聞報道)
 ただどのように有識でエライ先生方を選出してヒヤリングしてみても、現行憲法の縛りがあるままでは、「報復能力(敵基地攻撃能力)」の発想は出来るが「抑止(力)」の発想は出て来ないのではないでしょうか?
 保護者米国に匹敵or凌駕する実力をつけた中国の勢力拡大傾向や北朝鮮の核攻撃能力の向上など、我が国を取り巻く戦略環境は従来とは格段に変化している状況です。
 2度の被爆を経験している日本国民は、再度の被爆と成ればその時点で敵の意に屈してしまうことになりはしないでしょうか。
 ということで日本の戦法は「絶対に撃たせないという抑止」しかないと思うのですが、いかがでしょう?。
 13人の有識者の方々の一人でもそこら辺に気付いて指摘してもらえれば幸いと思うのですが。                               

僻目の平田

 中国の武漢市で新型コロナウイルスが発生したのは2019年の末だから、もう丸2年が経ちました。瞬く間に全世界に波及して、アルファからデルタ株やオミクロン株と形を変えながら地球を席巻しています。日本においても毎日のニュースのトップは新規感染者数です。
 連日オドロオドロしい数が報道されて、これじゃ医療界はパンクするのではないかと心配しますが、一向にその気配はありません。
 多分回復(治癒)者が相当いるからパンクしないでもっているのだと思うのですが、何故マスゴミは、その回復者数を報道しないのでしょう?
 世の中僻んだ目で見ていると、つい詰まらないことが気になってしもうて、インターネットで調べてみたら、以下のURLがありましたので興味のある方はどうぞ。

僻目の平田

マスゴミがコロナ「退院者数」を報じない本当の理由とは

 1992年日本はバブルが崩壊して翌93年から日本企業が中国に進出しだしました。以降日本は戦後必死になって築き上げてきた産業技術等を持ち出して中国の発展に寄与してきました。
 一方、ドイツも2005年にメルケル政権が誕生して2021年退陣するまで一貫して親中国政策で進出し、日本と同様に進んだ産業技術をつぎ込んで中国の発展に寄与して来たものと思われます。やっぱり中国の巨大市場には目が眩みますわな。
 ということで、第2次大戦敗戦国である日本とドイツは必死に努力して築き上げてきた財産をつぎ込んで巨大な敵性国家を作り上げてきたということになりはしないか。
 日・独両敗戦国は無からの出発で経済回復が最大の課題であったから中国の巨大市場は見逃せんかったのでしょうな。
 独逸は遠いヨーロッパの彼方だから直接の脅威とはなりませんが、日本はすぐ隣ですからもう少し警戒心をもっても付き合うべきだったのではないでしょうか。
 後悔先に立たずと言うところですかね。

僻目の平田
「禁句の中国批判を堂々と展開」ドイツで"脱中国"の外務大臣が国民人気を集めるワケ メルケル政権の親中路線を痛烈批判 | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

 1/20産経新聞 主張「中国の北朝鮮擁護 暴走の利用は許されない」に、北朝鮮が今年に入って弾道ミサイル発射実験を繰り返していることについて「常軌を逸した頻度である」と非難し、その後ろ盾として中国がいると報じていました。
 米・露・中・仏・英という国連安全保障理事国の一角を成す中国として、人口2600万人、GDP174億9千万ドル(115位)の小さな国ですが、核保有国として味方につけておけば、諸々のカードとして使えると考えて後ろ盾と成るのは重要な戦略の一つではないでしょうか。
 近年「東西の対立」という言葉はあまり使われなくなりましたが、根底にはその意識は残っており中・露の同意が得られず、結局非難声明は出されずじまい。
 であるならば、日本としては「非核三原則の撤廃」という国会決議を成して西側の一員として細やかな援護射撃とする手もあるのではないでしょうか。
 「中国が北の暴走を利用するのを断じて許されない」と口先だけで息巻いても行動で示さなければ効き目はないのではないでしょうか。
 産経新聞は、日本のメディアではましな方だが、今一つ屁っ放り腰だ。

僻目の平田

 そもそも「敵基地攻撃能力」とは、何なのでしょう?
 昭和31年(1956)の鳩山一郎首相答弁 (船田中防衛庁長官代読)
 「我が国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段として我が国に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには、どうしても考えられないのです。
 そういう場合には、そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない
必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるべきものと思います。」
 令和3年(2021)岸田文雄首相は所信表明演説で、敵
基地攻撃能力の保有について「あらゆる選択肢を排除せず現実的に対応する」と述べ、検討する考えを示されたました。
 僻目としては、なぜ日本は「敵基地攻撃能力」に拘るのかが理解できないのです。なぜ「敵地攻撃能力」ではダメなのかと。
 「敵基地」と限定するところをみると、わが国を攻撃するために発射されたミサイル基地に限定して攻撃するという感じがしますが、そういう目標を直ちに特定出来るのか?
 発射後攻撃したら、もぬけの殻を叩くことにならないか?
 問題は「我が国に対する核ミサイル攻撃を如何に思い止まらせるか」という「核抑止」ではないのか。
 と言うことであれば、無数にある敵のミサイル基地の一つや二つ攻撃攻撃されても相手が屁とも思わなければ抑止は成り立たない。
 人口密集地の都市部などを人質に取ることにより成り立つ理論ではないか。
 「モグラ叩き」では核抑止にはならないと思うのです。
 まっ、「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して・・・」という現行憲法下で「核抑止」を考えても真面な議論にはならないでしょう。
 もうひとつ、如何に同盟国と雖も自らを核の脅威に曝してまで「核の傘」を差しかけて呉れるとは到底思えないのです。
 世界で唯一の核被爆国である日本の政治家であるならば、再度被爆国にならないためにも核抑止論くらい学んでもらいたいものです。
 日本に好意的でない核保有国が身近にあるのですから。

僻目の平田

 中国共産党幹部の子弟らが通うエリート学校「北京市海淀外国語実験学校」との交流話を市民に良く説明もせずに進め、結局は中止になったという香川県東かがわ市の話。
(何故か、最近地名を平仮名で書く所が多い、日本国民の幼稚化?・・・僻目の感想)
 この学校、幼稚園から小・中・高校生の約6千人が学校内で寮生活をし、共産党幹部を養成するため、IT、語学、芸術、スポーツの分野での英才教育に力を入れ、人民解放軍さながらの軍事訓練をやっているようなところ。
 東かがわ市が、廃校を拠点として市のお膳立てで過疎の町に分校を作ろうとして将来は集団移住の可能性も指摘されていたという。
 市長 「国際情勢に鑑みこのまま中止もあるし、(再開も)あり得る」
 某市議「中止は残念でならない。今の世の中、中国抜きで経済が回るわけがない。他の自治体も国際交流しているのに・・・・」
 過疎化対策のための市の政治家・役人(市長も含めて)の発想なのだろうが、この警戒心の無さはどうしたことでしょう?。
 他にも、少子化で学校経営が成り立たず中国の学生に乗っ取られた宮崎の日章学園高校の例、我が家の近所(柏市)の東大キャンパスも中国人学生がウロウロ。
 少子高齢化で学校経営が難しくなっているとはいえ、無防備に近隣外国人に解放すると国家安全保障上由々しき事態になりかねないと思うのですが。
 戦後日本の場合「国家安全保障=国防」というと概念が強いようですが、中央・地方を問わず役人であるならば、国家安全保障はすべての役人に該当する事柄と、観念すべき事柄ではないでしょうか。やっぱり、平和(?)憲法の下ではダメか!

僻目の平田

 1/15・16と産経紙は1面トップで北朝鮮の極超音速弾道ミサイル発射実験に関するニュースを報じています。
 極超音速で変則軌道をとるため現状では追尾が困難というようなことが述べてありますが弾頭については殆ど触れていません。まあ弾道ミサイルで通常弾頭を撃つようなアホはいないでしょうから、当然核弾頭ということになるでしょう。
 ということであるならば、撃ち漏らしは致命的な被害を被るわけだから一発の撃ち漏らしも許されません。
 16日の報道では、「政府は、迎撃の可能性を高める技術開発を行う一方で極超音速ミサイルや高速滑空弾を保有することで抑止力強化を図る道も探っている」と報じていますが、これはどういうことなのでしょう?
 政府は「憲法を改正し、非核三原則を取っ払う」決心をしたのでしょうか?
 報道を僻目で見ると極超音速で且つ変則軌道で飛んでくる核ミサイルを撃ち落す技術は相当難しいことになるが、何故「端から撃たせない」という抑止の発想が出て来ないのかと。
 政府としては、周辺情勢(中・露・北の核ミサイル能力)が急速に変化している状況下で何時までも「非核三原則」を堅持して、わが国の安全が保てるのかを真剣に考える時が来ているのではないか。
 「平和(?)憲法」「非核三原則」ではわが国の安全は保障できない周辺情勢になってきていることを悟るべきだと思うのですが。
 「二度と再び被爆国にならないために、倍返しの抑止力保有を!」というような大胆な提案はいきなり出来ないでしょうから、せめて「憲法改正」「非核三原則廃止」を提案するくらいは出来るでしょうに。

僻目の平田

 1/10 産経新聞のネット・ニュースによると防衛省が、電磁力で砲弾を高速発射する「レールガン」(電磁砲)の開発を来年度から本格化させる。
 先行していた米海軍は開発を中断し、日本が民間の大容量電源技術でリードしたい考えだ。高速で飛来する極超音速兵器の迎撃に道を開くため、ミサイル防衛の切り札として期待される。

  防衛省は来年度予算案に65億円を計上し、電源開発費も追加したうえで、5年後以降の試験運用を目指す。
とありました。
 ええーッ、ホントかいな?と思ったが、ちゃんと取材して載せているのでしょうから嘘じゃないのでしょう。
 しかし日本の防衛省は、何故「日本に対しては核ミサイルは撃たせない」という核抑止という発想にならないのでしょう。
 「レールガン」(電磁砲)というのがどの程度の精度のものかは知りませんが、砲である以上撃ち漏らしということはあるでしょうに。レールガンとは言え百発百中の砲なんてないでしょうに。それよりも、何故「端から撃たせない」という「核抑止」の思考に至らないのか?
 世界で唯一の戦争被爆国であり、二度と同じ目に遭わないようにするには「抑止」しか手はないと思うのですが。
 レールガンも無いよりマシかも知れんが、先ず「憲法を改正」して、「非核三原則を見直す」方が先じゃないでしょうか?

僻目の平田

 「敵基地攻撃能力の保有について」のNHK番組での各政党の党首さんたちの発言
自民党(岸田首相)
 「憲法や専守防衛の基本的な考え方をしっかり守った上で、どこまで具体的に対応できるか国民の理解を得ながら結論を出したい」

 

公明党(山口代表)
 「敵基地攻撃能力が国会で議論されたのはもう70年も前で、いささか古い議論の立て方だ。この能力を政治判断として実装することはしないできた」「周辺の安保環境は大きく変わり技術的な進歩もある」 

立憲ミンス(泉代表)
 「敵基地攻撃で何が防げるかを政権与党は説明しておらず、了承できない」 

共産党(志位委員長)
 「日本に戦禍を呼び込むことになる。断固反対」 

日本維新の会(馬場代表)
 「わが党は敵基地攻撃能力とはいわず、領域内阻止能力と呼んでいる。抑止力として一定の反撃能力を持つことは絶対に必要で、領域内阻止能力は予算をつけて高めていくべきだ」 

国民ミンス(玉木代表)
 「敵基地攻撃能力という言葉はどうかと思うが、相手領域内で抑止する力は必要だ」 

 いかにも日本国の国会議員の人たちの発言です。
 政権を担当している自民党の党首の発言でさえ「専守防衛」などという33年も前(1989年)の戦略(?)に固執しているとは、現実の戦略環境をどのように捉えているのでしょうか。
 ま環境がどう厳しく変わろうとも、憲法が変わらない限りは憲法に合わせた戦略しか採れないという悲しい現実。「憲法を護って国が亡ぶ」という様なことにならなければ良いが。

僻目の平田